これも<S-Fマガジン>二〇一〇年五月号の予習。第五回日本SF評論賞・優秀賞受賞作「「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃『虐殺器官』に向き合うために」(岡和田晃)というのがあって、それを読むために急遽取りかかった。勿論コレもそのうち読むつもりではあったが。
単行本版の『ハーモニー』は既に読んでいたのだが、それを読み終わった1,2時間後にwebで著者の訃報が発表されて、それから伊藤計劃の名前が出てくるコンテンツにはマトモに向かい合えなくなっていた気がする。例えば『伊藤計劃記録』なんかは故人という一種の付加価値を伴ったアイドルを利用したようで何か厭だったのね。何となく感覚はわかってもらえると思うんだけど。尤も、いくら出版社が死霊術的経済活動を行っていてもそれは資本主義に於ける生き方の一つだし(資本主義が正しいかどうかはまた別のお話だけれど)、故人の作品というのはそうやって世の中に遺されていくのであって批判されるようなことではない。ただぼく個人の感覚として亡くなったのがあまりに最近すぎるということがあって、死がイベント的に処理されることに戸惑いを覚えていたというところだろう。感情は理性をショートカットするってヤツだ。その悶々気味な気持ち悪さがなくなったわけではないけれど、漸くこの作品を読んだことで少しは素直に伊藤計劃は良い作家だったと言えそうです。
正直なところ『ハーモニー』を読んだ時はここまで書ける作家だとは思わなかった。形は違えど両作品とも管理社会を舞台としているが、『虐殺器官』の方がリアリティがある。それは多分、作中のテクノロジーの問題ではなくて、『ハーモニー』が《大災禍(ザ・メイルストロム)》後の世界を描いていて、それが比較的現実とかけ離れた……かけ離れているとまではいかないけれど現実との繋がりが強いというわけじゃなかった。『虐殺器官』は正に「今の世界」と繋がっている近未来SFで、人工筋肉やあらゆる生体認証を用いることを前提にした社会インフラなどが描かれているが、それでも描かれているのははぼくらの世界の拡張版である。なぜこういう印象なのかというと世界が先進国と後進国という風に隔てられ、先進国は後進国をコントロールしようとする図に現実感を感じて、テクノロジーはその手段を補うものでしかないからだ。それによくわからない政府(〈生府〉)の女性エージェントよりも米国軍の特殊部隊員が主人公をしていた方が面白いというところも本作の方が嗜好に合っていると言える。これは男なら兵器に憧れを抱くというのと同じレベルの理不尽さを以て効果を発揮する。その特殊部隊が存在するかしないかということはまったく問題ではなく、米国軍内部でプロフェッショナルっぽい連中がいるということが重要。ブラックチェンバーという語に興奮しない男児などいてたまるか!(暴言)あと『ハーモニー』は単純にナノテク使った自発的『幼年期の終わり』というだけくらいの評価だったんだけど、『虐殺器官』にあってはそういうのに頼らないで人類が持つ器官を用いていたのも好みだった。特に面白いと思ったのは思考は言語に規定されないっていうところ。ぼくはてっきり思考言語なる語が存在しているから、思考は言語に規定されると思っていたよ。確かに多重草稿的意識の特定の部分から言語的なものになるかというのはあって、所謂表面的な入/出力点で言語が利用されるのだろう。だから全面的に思考は言語に規定される/されないというのは少し強引なのかもしれない。これは何か書籍を参考にしたとかでなく個人的な予想だけどね。大森望の巻末解説には予想される(明示されていなかったので解説者の知識に照らし合わせたものだろう)参考文献として『解明される意識』、『自由は進化する』、『言語を生みだす本能』、『人間の本性を考える』、『心の仕組み』、『脳のなかの倫理』、『人が人を殺すとき』が挙がっているので重労働になるだろうが読んでおきたい。きっと思考が言語に規定されるか否か、そしてそのステージはどの点かということは明確な定義付けを行った上で明示されているのだろう。ただ、科学≒SF的思考転換とかよりもどちらかというと作品全体はエンタメに傾いていたように思えた。少なくともそう読めた。これは三月の震災及び原発事故によって健康と安全が低コストで提供されるモノではないということをわからされたということもあるし(一人暮らしやら年金やらでみんなも密かに感じていたとは思うんだけど)、私事では丁度これを読んでいたゴールデンウィークの三連休初日に外耳炎を患って右耳に慢性的な激痛を感じていたが、連休が明けるまで病院が開かないこともあって、安定した生活を手に入れる為には対価が必要だとスケールが小さいながらもしみじみと感じてしまったからだろう。『虐殺器官』にもそんなメッセージ性があったと思うんだけど、外耳炎の痛みで吹き飛んでいた。フィクションの痛みは現実の痛みに勝てないよな。そうじゃなきゃフィクションを娯楽として扱えないから、これは幸福なことなんだろうけれど。
あとちょっとしたツッコミとしてはルツィアの暗殺命令が何でクラヴィスに伝えられてなかったんだろうね。このへんは物語の流れを作るためのちょっと強引な手口なんじゃないかと思った。
ダニエル・C. デネット
青土社 ( 1997-12 )
ISBN: 9784791755967
青土社 ( 1997-12 )
ISBN: 9784791755967
ダニエル・C・デネット
NTT出版 ( 2005-05-31 )
ISBN: 9784757160125
NTT出版 ( 2005-05-31 )
ISBN: 9784757160125
スティーブン ピンカー
日本放送出版協会 ( 1995-06 )
ISBN: 9784140017401
日本放送出版協会 ( 1995-06 )
ISBN: 9784140017401
スティーブン ピンカー
日本放送出版協会 ( 1995-07 )
ISBN: 9784140017418
日本放送出版協会 ( 1995-07 )
ISBN: 9784140017418
スティーブン・ピンカー
NHK出版 ( 2004-08-31 )
ISBN: 9784140910108
NHK出版 ( 2004-08-31 )
ISBN: 9784140910108
スティーブン・ピンカー
NHK出版 ( 2004-08-31 )
ISBN: 9784140910115
NHK出版 ( 2004-08-31 )
ISBN: 9784140910115
スティーブン・ピンカー
NHK出版 ( 2004-09-30 )
ISBN: 9784140910122
NHK出版 ( 2004-09-30 )
ISBN: 9784140910122
スティーブン・ピンカー
NHK出版 ( 2003-06-29 )
ISBN: 9784140019702
NHK出版 ( 2003-06-29 )
ISBN: 9784140019702
スティーブン・ピンカー
NHK出版 ( 2003-06-29 )
ISBN: 9784140019719
NHK出版 ( 2003-06-29 )
ISBN: 9784140019719
スティーブン・ピンカー
NHK出版 ( 2003-07-26 )
ISBN: 9784140019726
NHK出版 ( 2003-07-26 )
ISBN: 9784140019726
マイケル・S. ガザニガ
紀伊國屋書店 ( 2006-02 )
ISBN: 9784314009997
紀伊國屋書店 ( 2006-02 )
ISBN: 9784314009997
マーティン デイリー, マーゴ ウィルソン
新思索社 ( 1999-12 )
ISBN: 9784783502180
新思索社 ( 1999-12 )
ISBN: 9784783502180













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