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2010年2月25日木曜日

ナンシー・クレス『プロバビリティ・ムーン』、『プロバビリティ・サン』、『プロバビリティ・スペーズ』(金子司訳)

プロバビリティ・ムーン プロバビリティ・サン プロバビリティ・スペース

 三作を続けて読んだので、これはシリーズを一つの作品として見た場合の感想になる。長編の元になった短編「密告者」が人間と異星人の、少しだけ不思議なコミュニケーション物語だったのに対し、この三部作は異種知性体は出てくるし、謎の超古代文明が残した強力なテクノロジーも出てくるし、宇宙的危機も訪れるといった、かなり風呂敷が大きな作品だった。ただ最初はしっかり「密告者」の大切な部分を汲んでいるので、どうせなら短編から読むのがいいと思う。短編は日本発刊後発だが、収録作品は『プロバビリティ』シリーズよりも前に書かれたもの(ただし「戦争と芸術」のみが後年の作品)が掲載されている短編集『ベガーズ・イン・スペイン』に収録されている。
 しかし予想していた話と全然違った。まず「密告者」を読んで了解していた内容で、〈共有現実〉というキーワードあった。作中では地球人と世界(ワールド)人という人種がいて、地球人はそのまま我々と同じ人間とされている。一方で世界(ワールド)人は、共有現実というものを持っている人々だ。世界(ワールド)人Aが世界(ワールド)人Bとお互いが了解している理解の範疇で真実を語り合っている時は現実が共有できている状態とされる。AがBに対して嘘や策略を謀って真実を言わないや、明らかに倫理に反する事を喋るような場合は、それは現実が共有できていないという状態とみなされて、Aと場合によってはBは酷い頭痛が起こる。頭痛は世界(ワールド)人が世界(ワールド)人に対して行動した時のみ起こるのではなく、世界(ワールド)人が自分のもつ倫理に反して行動した場合に起こるものとされている。そのために現実を共有できている者同士はとても円滑なコミュニケーションが可能となり、逆に現実を共有しないような人物に対しては〈非現実者〉というレッテルを貼り、徹底的に無視して社会的にも抹殺し、何よりそれは自分たちの頭痛を抑えることになる。短編はとある事件から非現実者と宣告された世界(ワールド)人が、地球人のことを調査する密告者になる話だったと記憶している。むしろ世界(ワールド)人の現実者は、嘘をついたりすることが出来ないので密告者にはなれない。世界(ワールド)の文明は産業発展期以前の段階であり、共有現実という現象が自分たち以外に起こらないとは考えていない。異なる存在の地球人も、共有現実を持っている現実者か、あるいは地球人は揃って非現実者で追放すべき存在か、そのどちらかでしかない筈だと考える。しかし密告者は地球人の共有現実に縛られない独自性のある考え方に触れて、世界(ワールド)人らしからぬ考え方を持つようになっていく……というようなあらすじ(記憶違いだったらスンマセン)が、特に争いも起こらず、異文化コミュニケーションに留まっていた。戦争ものの長編版があると知ったときには、それは地球人VS世界(ワールド)人の図式で、そんなん普通に考えたら地球人圧勝じゃん!と思っていたが長編では別勢力のフォーラーという異星人と人類は戦っていて、後半では世界(ワールド)よりもそっちの方にフォーカスが移る。こんな異星人聞いてないよ!
 長編では地球人による世界(ワールド)の調査と、世界(ワールド)星系にある超古代文明が残した物体の調査が並行して描写される。時代背景は二二世紀半ばで、人類は太陽系の端でスペーストンネルを発見する。これは特殊相対性理論が明らかにした光速を超える移動はできないという物理的事実を無視して、別の星系のスペーストンネルに飛んでいける。どうしてこんなものがあるのか、何者がこれを作ったのか、まったくわからないが、とにかくこれで太陽系外部に進出できた。けれどその先で、異星人と戦争が起こってしまう。戦争を有利に進めるために、超古代文明のテクノロジーを利用できるものならしてみようというわけだ。共有現実のために起こる世界(ワールド)人との困難なコミュニケーションと、軌道上で行われる軍事ミッションがお互いに絡み合って物語は進行する。
 正直長編だと共有現実の話がぐだぐだすぎてあんまり興味を惹かれなかったので、やはり先に短編を読んでいて正解だったと思う。全体的に物語を読ませるだけの力はあって、難しすぎることもなく、退屈すぎることもなく、またテキトーすぎるところもなかったのだけれど、かといって『時間封鎖』や『深海のYrr』のような昨今の長編にあるような手に汗握る興奮や、謎の存在に対する求心力がない。はっきりいってファースト・コンタクト・テーマの作品としては古典の『幼年期の終わり』の第一部の方が、相手の正体がわからないだけあって面白い。『ベガーズ・イン・スペイン』でも思ったけど、ガチSF作家というよりは、書かれる人間性の方にウェイトを割く作家なんじゃないだろうか。色々な謎や宇宙的危機があるのに、そのスケールの大きさをいまいち上手く物語に出来てないような気がする。決して悪くはないけど物足りなさを感じるところだった。
 『プロバビリティ・サン』の巻頭ではブライアン・グリーンの『エレガントな宇宙』からアイデアを得た部分が大きいと書いてあって、確かにそれっぽいフレーズがたくさん出てきた。「数学的に美しい……」とか。それ、説明になってないから。まあ『エレガントな宇宙』はぼくも好きだ。この本はホーキングのものよりもずっとわかりやすかった。そのうち新しく出た『宇宙を織りなすもの』という著書も読みたいと思っている。名前は出てこなかったけどペンローズの量子脳理論も作中のアイデアに含まれていた。



 以下は読みながら書いたメモ。登場人物が多そうなのに、一覧がなかったので不安になって自分で書いたが、そこまで必要ではなかったかも。しかし改めて見ると多いな。

『プロバビリティ・ムーン』

■地球人
ステファナク将軍:太陽系同盟防衛評議会の最高司令官
マローン:ステファナク将軍の部下
アフメッド・バザルガン:世界に最初に調査に来た科学者
デイヴィッド・キャンベル・アレン三世:新任の異星科学者
アフメッド・バザルガン:人類学者
ミリアニ・シコルスキ:宇宙生物学者
ディーター・グルーバー:地質学者
シリー・ジョンソン大佐:退役軍人の物理学者。軌道上物体#7の調査リーダー
ラファエル・ペレス中佐:巡航艦〈ゼウス〉の艦長
キャントン・リー少佐:巡航艦〈ゼウス〉の機関長。公表されていない軍部の物理学者
レイラ・ディシルボ伍長:巡航艦〈ゼウス〉のクルー
ベン・メイソン:地球人の幼い双子
ボニー・メイソン:地球人の幼い双子
ダニエル・オースティン大尉:巡航艦〈ゼウス〉所属シャトルのパイロット。公表されていない軍部の物理学者
ジョン・オンバトゥ少佐:シリーの第一補佐官
ルーシー・ウー中尉:巡航艦〈ゼウス〉のクルー
リウェリン・ジョーンズ大尉:飛行艇583のパイロット
デブラ・プチャーラ:〈ゼウス〉の副艦長
スローン:〈ゼウス〉の砲手。下士官
カーテズ:ペレスの配下の幹部将校
アマリー・スカイラー中尉:〈ゼウス〉所属の小型飛行艇〈ヘルメス〉のパイロット

■世界人
エンリ:世界人の非現実者
アーノ・ペク・ブリミディン:エンリの姉
タボール:エンリの兄
フェンティル:エンリの甥っ子
カルトット・ペク・ナグレディル:〈現実と贖罪〉省の執務官
ハジル・ペク・ヴォラチュール:ヴォラチュール家の長。交易商人
アルー・ペク・ヴォラチュール:ハジルの妻
ソーシャフ:ヴォラチュール家の長男
カラート・ペク・ガモリン:ヴォラチュール家の家庭教師
レンジャモール:治療師
キャリベル:日鏡守

■用語メモ
ラフキット・セロー:世界の首府
クレルムの館:幼い子供は僧侶から宣言されるまで、現実者とは認められない。ヴォラチュール家ではここに、そういった子供たちを隔離する
フォーラー:人類の敵対生物
ファラデー・フィールド:ニュートリノすら通さない通信遮断フィールド
SADA:太陽系同盟防衛陸軍
UAF:大西洋統合連邦陸軍
超感覚者(センシティヴ):遺伝的に他者の感情や意図をあらわすしぐさに敏感であるように操作された人々
マグレヴ:磁気浮上式高速輸送機関

■その他メモ
世界人は地球人の名前を呼ぶときに、ファーストネームとファミリーネームの間にミドルネームの「ペク」を入れて、例えばアフメッド・バザルガンをアフメッド・ペク・バザルガンにする。あるいは単にペク・バザルガンのようにする。Mr.とかの代わりか?同じく世界人のフルネームも、必ず〈ファーストネーム〉・ペク・〈ファミリーネーム〉という形になる。略すとペク・ファーストネーム/ファミリーネームになる。場合によってはペクも省略する。

■引用
原住民はなんとか産業発展期以前の段階に到達したばかりだ。彼らは自転車でさえ一台ずつ手づくりしている。そのうえ彼らは並はずれて平和好きな種族で、戦争の歴史などまったく知られていない。(p77)

『プロバビリティ・サン』

■地球人
トリヴァー・ゴードン将軍
ライル・カウフマン少佐:太陽系同盟防衛評議会の最高司令部に所属する太陽系同盟防衛陸軍の少佐
トーマス・カペロ:ハーヴァード大学所属の物理学者。専門は量子活動と確立の関連性
マーティン・ブルームバーグ:カペロの義兄
レイモンド・ペリエ:ハーヴァード大学の学部長
バイアーズ大佐:ステファナク将軍からカペロへのメッセンジャー
ウラディミール・チェルコフ:軍内の物理学者
クリステン:カペロの姉
マーベット・グラント:ドクター・エリック・グラントの娘。超感覚者(センシティヴ)
ロザリンド・シン:ケンブリッジ大学の物理学者
ハロルド・アルベマール大尉:軍内物理学者。海軍所属
マシュー・グラフトン中佐:戦艦〈アラン・B・シェパード〉の艦長
アマンダ:カペロの娘。サディの姉
サディ:カペロの娘。アマンダの妹
ジェイン:ベビーシッター
マイケル・ドゥーイン一等船匠助手:〈アラン・B・シェパード〉のクルー
イーサン・マクチェスニー大佐:フォーラー捕獲のプロジェクト・リーダー
カリーム・サフィール軍曹:太陽系同盟防衛陸軍の一等特技官
テクラ・ヘラー:発掘プロジェクトの警備主任
デヴォリッツ大尉:〈アラン・B・シェパード〉所属のシャトルのパイロット
マクチェスニー:諜報将校。戦艦〈ムラサキ〉の指揮官
ヴィクトリア・リュー少将:陸軍諜報部員
エリザベス・フラミンガム大尉:査問会議の出席者。海軍将校
カーター・キャンベル・ルラノフ少佐:査問会議の座長
アンタレス・L・ラムジー大尉:査問会議の出席者

■世界人
ティリル・ペク・バフォール:亡くなった老人
テリフ・ペク・フォルビン:ヴォラチュール家の庭師頭
アスト・ペク・ヴァリフィン:ヴォラチュール家の料理人見習い
エッサ・ペク・クリルティフォール:世界人の少女
カリン・ペク・リリファール:ゴフキット・シャムローからエンリに会いにヴォラチュール家にやってきた男
アドラ・ペク・ハリリン:村から離れて小屋で暮らす“祖母の母さま”
イーヴィ・ペク・ハリリン:アドラの孫娘
サーリット・ペク・ハリリン:イーヴィの息子
スパリル・ペク・トレスティン:アーノの夫
アフリ・ペク・ブクトール:ゴフキット・シャムローの住人
モルフィブ・ペク・チャンドール:アフリの夫
ゴスティール・ペク・ナフィリフ:非現実者に殺害されたゴフキット・シャムローの住人。日鏡守
ウーディ・ペク・ギフィリール:ゴフキット・シャムローを出ていった世界人
ラリル・ペク・ブロフィール:ゴフキット・シャムローを出ていった世界人
オボラ:アーノの娘
ソロール・ペク・ラムール:ゴフキット・シャムローの年老いた笛吹き
ウーシ:赤ん坊。アーノの子供

■引用
プロとしての力を発揮するうえで、自分が女性だっていうことを否定しないといけないとでも思ってるの?それとも、誰かに何かを証明するのにも?そう思っているなら、あなたはまちがってる。わたしは女よ。ときにはそれが不利にもはたらくし、有利にはたらくこともある。背が低いことや、肌が茶色であることや、火星人であることと同じように。そのどれをてっても、わたしが〈超感覚者〉であるという事実をうわまわりはしない。それこそはわたしを定義づけるたったひとつの事実で、あとの残りは仕事をこなすうえで必要に応じて利用していくだけよ(p254)
原子を不安定化させるビームは、時空のひずみのなかにあるほかのカラビ=ヤウ次元と仮想粒子を交換することで確立を操作しているのではないかというのだった。(p298)

『プロバビリティ・スペース』

■地球人
ベリントン・ウェイス・アーノルド:アーノルド・インタープラネタリー株式会社の社長
ラスロ・ダムローシャー:アーノルドの息子
マグダレナ:ラスロの母親
キャロル:カペロの後妻
テクラ:アマンダの友人
ジュリアナ:アマンダの友人
ヤエコ:アマンダの友人
エミル神父:カトリックの神父
ルイス船長:反戦運動組織〈ライフ・ナウ〉のシャトルの船長
ルーシー:〈ライフ・ナウ〉のメンバー
サラー:〈ライフ・ナウ〉のメンバー
マイセル修道士:アレス修道院の修道士
ニコライ・ピアース:SADN大将。ステファナクの政敵
コンスタンティン・オウラニス:ギリシャ人の青年
デメトリア:コンスタンティンの妹
ニコス・パパンドレア:デメトリアのボーイフレンド
ハーパー少佐:ピアース派の軍人
プラビル・チャンド:〈ムラサキ〉の艦長
ブローマン中佐:ピアース派の軍人
マージョリー・バレラ少将:ジェミニ星系に駐留している軍人。ライルの元同僚
リックマン・ドヴォロヴェンコ中将:スペーストンネル#1防衛艦隊の司令官

■世界人
フェビン・フリランディフ:ヴォラチュールのいとこ
コンフィット:エンリの娘
ソリン・ペク・ハルブティン:ゴフキット・シャムローの男
カミフォル・ペク・ナルフィタティン:ゴフキット・シャムローの男

2010年2月12日金曜日

ポール・J・マーコリイ『フェアリイ・ランド』(嶋田洋一訳)


 『不思議の国のアリス』をはじめとして、甘いタイトルで釣っておいて実は激辛な作品、というのはよくある。これも、カバーイラストとタイトルに似合わず、かなり重厚なハードSF。ナノテクで生化学を扱いつつ、結局はサイバー・パンク(というか『ニューロマンサー』)の様式を踏襲して、そこにフェアリイやロンドンといったような、美しいイメージをもつ要素をちりばめている。もっとも、近未来のロンドンは貧富の差が激しくなり、荒廃した都市として書かれるし、登場するフェアリイと呼ばれる遺伝子操作で作られた生命体も青い肌に尖った牙のグロテスクな姿をしている。こういったような本来想像されるものとは正反対の性質を纏わせるあたりも○○パンクにありがちな混沌、雑然とした世界観を作り上げる常套手段だと思う。そしてこれはサイパンであり、尚かつテクノ・ゴシックと呼ばれるものにも分類されるらしい。テクノ・ゴシックなんて聞いたこともないが、要するにバイロン=シェリー時代(とりあえず代表される作家を勝手に挙げただけで、こう呼ばれはしていないだろう)にイギリスの小説にあった怪奇・幻想的な魅力漂う要素を、現代的な加工を施してリバイバルさせたものだと思って良さそう。あとなんかロンドンとか、そこらへんのイメージ。『ディファレンス・エンジン』や『漆黒のシャルノス』みたいなスチパンは舞台が現代ではないし、明らかに化学進歩の歴史が現実とは異なるのでこの範疇ではないのだろう。なかなか当てはまる作品が思い浮かばないが、このジャンル定義はナルホドネーと思った。
 さて、小説自体は面白かったのかと言うと……正直言って消化しきれていない感があり、全部理解できたらまた違うのかもしれないけれど、一読したところではあまりに読み難かったという印象がまずあって、この物語の良さが掴めなかった。ナノテクを使った遺伝子ハッカーや、プログラマブルで破壊されても再生するような建築の材料であるストラマライトや、セミインテリジェントなジープ、居住者と会話できるホームシステム、ペットみたいなマイクロサウルス、ミームを疫病のように強制的に植えつけるフェムボット、フェアリイの外部記憶装置、等々……登場するガジェットや概念は想像を豊かにしてくれるような、面白く、またはインパクトのあるえげつない代物ばかりだった。登場人物も遺伝子ハッカーででぶでぶ言われるけど自分の体を化学工場にするような主人公、第二部からの主人公の相棒で荒事担当のタフガイ調女性に、信用ならない情報屋のフェイ(単独行動するフェアリイ)、ロリっ子外見ながらも物語の舞台裏で糸を操る天才デザイナーズチャイルド、等々……やっぱりコレ『ニューロマンサー』じゃねぇかとツッコミを入れたくはなるが、それでもあの作品の持ち味の一つであった登場人物のクセの強さも、ハードボイルド調のものとして楽しませてくれる。というか『ニューロマンサー』っぽいのは著者が意識しているのだと思う。用語の方でも被るものが見られるし。しかしながら物語の方は、話がどうなるのかという大きな道筋の予想がつかず、次どうなんのかなー的ウキウキ感が足りない。淡々としている。社会情勢とかも描写されて、印象的なのは第二部で火星探査が行われるニュースが頻繁に流れていることだったけれど、結局物語に関係のない風景の一つとして処理されていてなんだか納得いかない。パンクでゴシックだからこんなもんかもしれないけれど、もうちょっと纏まりが欲しかった。サラッと読んじゃいけないタイプの小説かもしれない。もっと突っ込むと良かったのかも。
 『SFが読みたい!』のランキングは星雲賞とか海外の賞よりも自分に合っていて、『フェアリイ・ランド』は一九九九年の海外篇で第一〇位になっているが、今回は外れてしまったかな。

2010年2月6日土曜日

伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない(5)』


 久しぶりに物語が素敵すぎて現実が辛いという心境にされた。相変わらずとても面白い。相変わらずと言っても、今まで主人公がメインで面倒見てきた妹は前巻の最後に一端のプロ・ランナーになるために渡米してしまったので、今回は妹の友人であり、主人公の後輩の黒猫の面倒を見る話。ちなみに黒猫というのはHNで、本名は五巻になってやっと判明。五更瑠璃という。主人公の学校へ入学しても、今までと変わらず揺るぎない邪気眼キャラであるので、当然友人はできない。「人間ごときが」とか言ってたら、見た目が美少女でも普通の人はドン引きなのは仕方ない。しかしそこは面倒見の良い主人公。黒猫の良いトコロもちゃんと知っているから放っておけない。高等ゲーマーの彼女ならばゲーム部でやっていけるだろうと画策し、なんとか部の仲間と噛み合うようにさせてあげる、という流れ。妹と主人公は高校生と中学生で学校が別だったので、物語の舞台が学校になることは少なかったのだが、今回は殆どの場面が学校で語られる。一見部活モノっぽくもあるが、昨今のコミュニケーションを見せ、物語性の低いものよりはしっかりしたストーリイ……に見せかけて、やっぱり物語はどうでもよくてコミュニケーションというかイチャイチャっぷりが目に付くエロゲ的ラノベ(褒めてる)。
 新しい登場人物が幾人かいたけれど、割とどうでもいい。個人的にはまだ彼や彼女らは黒猫の友人を作るというアクションのための目標物でしかなかった。ゲーム部部長は時には頼りになる人物で、黒猫とゲーム作り対決の相手としてライバル/友人関係になる赤城(妹)は主人公含む部員のあれやこれを妄想してしまう腐女子という設定で、個々のキャラクターとしてはそれなりに面白いと思うのだが、黒猫が可愛すぎて全部吹き飛んだ。黒猫が可愛すぎて全部吹き飛んだ。大事なことなので二回書いた。便所飯を噂される可哀相かつ痛い邪気眼キャラなのに、というよりもそんなキャラだからこそ、読者と主人公と、あと主人公にくっついてきたりする幼なじみの庇護欲を誘う。もちろん庇護欲という感覚は、対象がその感覚の構造を知れば、一般的な倫理感(しかし、そんなものは糞くらえだ)では迎合しかねるものではある。人が可愛らしいという印象を画くとき、対象は観測側からしたら無力に近い状態でないといけない。保護者面が対象に向かってできるときに庇護欲求は生まれる。萌えポルノのみならず、正義や善意や好意や愛の裏側に常に潜むエゴの空転を、はたして作品ではどう乗り越えるか。今回も『俺妹』は「可愛いからどうでもいいっしょ?」と問題をぶったぎる。Yes!We can!(訳:はい、どうでもいいです!)一応、最終的には黒猫なりの強さを見せてくれるわけだが……そこもどうでもいいところだろう。ただ主人公のベッドの上で枕を抱いたり、うつぶせになる黒猫のイメージを画くだけで読者は幸せになれる。誘ってるって、コレ!選択肢出てるって、兄貴!あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん、んはぁっ!黒猫たんの真っ白なフトモモをクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!! (以下略)
 妹の方は、黒猫が可愛すぎて主人公と読者が本書タイトルすら完全に忘れたころに、アメリカからメールを送ってくる。そのホドホドに異様な様子から、妹思いの主人公は心配になって数時間で渡米。漢という男は行動で語るという良い見本。流石にモテるだけある。妹は世界レベルのランナーたちに太刀打ちできず、精神的に参ってしまっていたので、主人公は泣き落としで、彼女に帰国を迫る。「お前がいないと、妹モノだと思って買った新参者から編集部に文句が来ちゃいそうなんだ!」……ということでクライマックスでは妹帰還。次巻からはまたみんなのラヴリー妹が活躍しちゃうゾ!的なことになる、と思う。黒猫と妹と主人公の三角関係になるかと思うと楽しみ。あ、幼なじみは個人的に一〇年前のキャラクターの造形なのでどうでもよくって、むしろ渡米なり渡独なり渡亜なりの退場をして欲しいくらい好きじゃない。
 読み終わると今回の悪ふざけっぽい、カバー中折りやウェブに載っている書籍説明が、意外や本編をちゃんと説明していて驚く。
 「じゃあね、兄貴」──別れの言葉を告げ、俺のもとから旅立った桐乃。……別に寂しくなんかないけどな。 
 新学期。平穏な高校生活を謳歌する俺のもとに、奇妙な後輩が現れる。「おはようございます、先輩」 
 俺は、黒猫(クロ)の人間としての真名を知り、より深い“絆”を築いていくことになる。“妹”と“親友”。ともに大きなものを失った二人は、数多の思想が渦巻く校内で、“魔眼(マガン)遣い”の少女と対峙する。 
 “稀少能力(レア・アビリティ)”を持つ少女に、俺と黒猫は圧倒され、異空間へと誘(いざな)われ……!!
 ちゃんと黒猫の本名はわかるし、フラグは立てるし、前述の腐女子さんは能力ゆえ、黒猫に「魔眼遣い」と呼ばれてしまう。ついでに幼なじみは黒猫に《ベルフェゴール》とか呼ばれてたような。この遊びは上手いコトできているので、次巻からはSFかホラー仕立てでおねがいします!