2010年12月22日水曜日

ねこねこソフト『White ~blanche comme la lune~』体験版

ねこねこソフト『White ~blanche comme la lune~』200-200バナー ブリジットver

 地の文章は巧いとは思わないし、キャラクターに愛着を感じる程情報は与えられない。特にこれといって魅力は感じず、ほどほどに続きが気になるという構造がLamp of Sugar『Hello,good-bye』の体験版とも似ている。正直かなり期待していたんだけれどがっかり。もっとロリ……じゃないや、幼子(ねこねこソフト公式サイト内MMR日記12月16日分参照【マイクローンデカルチャー萌え(中略)日記 (http://cgi.din.or.jp/~nekoneko/cgi-bin/nikki/nikki.cgi)】)が云々なオハナシだと思ったのに、幼子が出てきても幼子独自の精神性とか性質、それに触れて大人がどう感じるかが文章に表れていない。実際にテキストで語られなくても予感させてくれる程度に無垢の世界の片鱗でも見せてくれればまた違った感想になったかもしれないが。
 幼子が出てくるとぼくはどうしてもスティーヴン・デッドマンの「目覚めたる目には、見えることのなく」を思い出してしまうし、先日に長谷敏司の「allo,toi,toi」を読んだばかりでどうしても比較してしまう。タイミングも悪かったと言える。そういうのとは違うんだから比較対象として間違ってると言われそうだけど、ギャグや設定の強みがなければ思弁的内容に期待しちゃうのも無理ないんだよ。尤もこれらを参考にしてしまうと、エロゲーの中でエロゲーならではの描写をしつつも非エロゲー的結論になってしまうことはあるだろう。つまり「イエス、ロリータ。ノータッチ」。でもそういうの大切だよね。タッチしちゃった人の過酷な運命を書くとしてもさ。
 キャラクターに愛着を覚える程ではないけれど、東京到着後の制服キメポーズのエピソードは結構好きだ。完全体ワロタ。最近になって漸くエロゲーでキャラクターが気に入るかどうかの基準がだんだんと明らかになってきた。ギャグの時に思い切り常識を飛び抜けてくれるキャラクターがいるといいのかもしれない。たとえば『グリザイアの果実』では蒔奈と幸とみちるが愉快な空気を牽引してくれるし、『俺の彼女はヒトでなし』でもボケとツッコミの激しい応酬が見られる。それに比して『のーぶる☆わーくす』や『Hello,good-bye』、『ヨスガノソラ』に『AQUA』(これはちょっと合わなさすぎたので感想は書かない)と言った作品は大人しすぎて、そういうダイアローグが描かれても退屈に思ってしまう。『White』はぽんこつと常識知らずなマリカとブリジットがいてくれるのでキャラクターを見る場合にはそれなりに楽しめたりもする。あと『グリザイアの果実』ではみちる、『俺の彼女はヒトでなし』では衣緒を気に入っているところからすると、強気ながらも弄られてしまうキャラが好きなんじゃないだろうか、たぶん。

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