2010年8月19日木曜日

最近読んだ本の中でも気に入ったSF小説

 六月に京極夏彦の『狂骨の夢』の感想を書いてから一切本については書いていなかったのでSF小説についてのみではあるが列挙。あんまり読んでませんなぁ。特に面白かったものは神林長平の『グッドラック〈戦闘妖精・雪風〉』。無印版と比べてずっとよく出来ている。この人の本は全部読んどかなきゃいけないと思った。人間とは存在の仕方が根本的に異なるジャムやコンピュータ知性体との関わりを、登場人物たちを通し、転じて人間の存在の仕方、ありがちな表現をすれば生き方というものを見つめ直せるようなものだった。異種知性体というものは、我々とは異なった思考の在り方の極にある、言うなれば比喩的なモチーフで、デフォルメされたものだ。普通に小説に登場する人物や、オタクカルチャーに登場するちょっとぶっ飛んだキャラクター(例えばツンデレ美少女とか完璧美青年)なんかもある意味では、同類ではあるが、人間であるという前提がどうしても純粋なスペキュレイティヴを阻害してしまう。隠遁者や異邦人を見ても、彼らはそういう生き方をするが、私たちは仕事がある、と言ってしまってどうしても妥協が生まれるわけだ。ただジャムやコンピュータ知性体のように、容赦なく当事者の生存を脅かすような存在であれば、純粋な在り方をするそれらと向き合うしかない。それらは語りかけてくるから在り方の理解を促す。一方で共感、妥協は容赦されない。この絶妙なバランスの上で、真剣な思考というのが必要になってくる。このSF的な視点変換性が想像を刺激し、たちまち夢中にさせる。
グッドラック〈戦闘妖精・雪風〉

 その他には堀晃の『バビロニア・ウェーブ』が渋いSFで、派手さのあるエンタメとは違った、厳粛な強かさがある小説だった。結構辛抱強く読まなくてはならないし、その割に最後に得られるものは大したものではないかもしれない。ただ確かに、宇宙の獏とした広さを改めて実感させる。
バビロニア・ウェーブ(創元SF文庫 SF-ほ-1-1)

 純粋に娯楽小説として楽しめるものはチャールズ・ストロスの『残虐行為記録保管所』と、ニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』を挙げる。
 前者はク・リトル・リトルSFで軽妙な語り口がなんとも愉快。著者のサイトを見てみると、〈The Laundry Files〉としてこれの他に未訳のシリーズものが三冊刊行されているのが認められる。この作家他の著作——つまり『残虐行為記録保管所』に加えて、『シンギュラリティ・スカイ』と『アイアン・サンライズ』。『アッチェレランド』は未読——を読むに、ストロスは思弁的というよりも純粋な娯楽小説を書く作家なのだと思った。タームはSFでなおかつク・リトル・リトルということで、エシャトン・シリーズと同じように文章の中に散らばっていて、いかにもある方面へ特出したものではあるが、やっていることは軽快な冒険小説と言える。
 後者の『スノウ・クラッシュ』もSFっぽく造語と用語を詰め込んだ娯楽小説で、これは軽くメモを取らないと混乱してしまいそうな具合だった。所謂ポスト・サイバーパンクなどと目されているがジャンル論を語れるほどに本を読んでいないのでそれはあまり触れないことにしよう。ただ確かに、テッド・チャンやJ・G・バラードやレイ・ブラッドベリやシオドア・スタージョンのような作家よりはウィリアム・ギブスンやポール・マーコリイに似ている。非スペオペでセカンド・ライフのようなネットワーク・スペースがあり、作品によってはそこに神経学や生化学といった要素が絡んでくる。それにパンキッシュな雑然とした雰囲気。決して上品ではなく、スラム的なパワフルさを感じさせるところは、ポストかどうかはわからなくてもサイバーパンクと言って、そう間違いではないのだろうと思わせる。(ということで桜井光の一連のゲームがスチーム“パンク”なのかは常々疑問だったりもする。)
残虐行為記録保管所 (海外SFノヴェルズ)

スノウ・クラッシュ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF) スノウ・クラッシュ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

 他に海外のものではアーサー・C・クラークの『イルカの島』、ポール・アンダースンの『タウ・ゼロ』、フィリップ・K・ディックの『ユービック』。
 『イルカの島』は少年を主人公としたジュヴナイルで、普段本をあまり読まない人が息抜きに読んだり、よくあるライトノベルの代わりに読んだりするにはいいだろう。海洋SFとして期待してはいけないが。クラークは好きなので、これに対してあまり評価が出来なくてもコンプしたいところ。
 『タウ・ゼロ』はSF版『スピード』(映画)で、ネタを真面目にやっている。真面目すぎて辛い。もう少しユーモアがあればよかったのにと思わずには。どの著書も外れなしと呼ばれるアンダースンだが、うーん、どうにも優先順位低めかも。寧ろこの本は後書きが熱い。
 『ユービック』はやっぱり駄目だった。ディックも大浅倉もSF界では極めて偉大な功労者として名を馳せているが、どうにも受け入れられない。読んでいて面倒な割には、最後に思うところがあるかを問われても特に何も言えないのが嫌だ。未だに完全にディックを楽しめたことがないのが痛い。SF小説のファンダム内にあってはコンプリートしておくべき作家なのだが。
イルカの島 (創元SF文庫) タウ・ゼロ (創元SF文庫) ユービック (ハヤカワ文庫SF)

 他は小川一水の短編集『老ヴォールの惑星』、山本弘の『アイの物語』、ホラージャンルだけれど個人的にはSFだと思っている小林泰三の『玩具修理者』を読んだが、これらはそれほどの出来ではなく、今後これらの作家に対する自身のプライオリティは低めに設定された。特に山本弘の著作は多くの読者から支持されていたがまったく受け容れがたいものだったてめに見限らせてもらった。SF読者以外からの層ではこういうのが受けるのだろうか。
老ヴォールの惑星 (ハヤカワ文庫 JA) アイの物語 玩具修理者

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