2010年3月23日火曜日

チャールズ・ストロス『アイアン・サンライズ』(金子浩訳)


 前作の『シンギュラリティ・スカイ』より随分読み易く、ぐいぐい物語に引き込まれたけれど、それは今作が良くも悪くも普通の娯楽小説になっていたからだと思う。小説としては普通に面白いんだけど、SFの醍醐味である「現象の仮定」――っていうのはぼくが最近勝手に言ってるだけのワードなので、あんまりアテにしないで欲しいけど、要するに現象(意識、世界、生命、社会などなど)の構成に、嘘なりホントなりに迫るのがSFだと思っている――みたいなのがなくて、普通にサスペンスとヒューマン・ドラマ。前作であれだけのイメージの広がりを見せただけあって、あくまで人間しか出てこない今作は弱い。クリティクスみたいなヘンな奴等がいないと寂しいんだ。
 リマスタードという連中が出てきて、こいつらが本書の悪役。リマスタードこそ全てであり、他の人間は須くリマスターされる必要があり、現在の神のような存在であるエシャトンを倒し、生まれざる神を創造してリマスタード社会を作ろうとする。割と普通の狂信者的人種だけどその能力はなかなか侮れん……という感じ。他者を殺害した場合などはその組織をデータ化しアップロードすることで、生まれざる神が生まれた時には生前の異常な表現形ではなく、正常な形で再構築されることになっている。彼らのリマスタード哲学にも対して新しいことはなさそうなのでガッカリ。シンギュラリティ後の新人類という印象はあまり受けない。新しい在り方の提示のようにも思えるが、細かく彼らの哲学に分け入っても、既存の文化と類似するものに突き当たるだろう。
 なんというか、前作で濃い口すぎたので薄めたら予想以上に薄くなりすぎたという作品。なんかバランス悪いけど、成長が楽しめるタイプの作家だったり?手に入り次第『残虐行為記録保管所』と『アッチェレランド』も読むつもり。

 以下読書メモ~。

■人物
ウェンズデイ:ゼロ事件当時一六歳。本名ヴィクトリア・ストロージャー
モリス・ストロージャー:ヴィクトリアの父
インディカ・ストロージャー:ヴィクトリアの母
マンハイム船長:非難の監督官。ロングマーチ号の船長

フランク・ジョンソン:戦争ブロガー
スヴェンガリ:道化。"ファッション犯罪者の再教育収容所からの逃亡者のように見え"(116)る。実際はリマスタードに雇われた暗殺者
エロイーズ:バーテンダーの女
アリス・スペンサー:フランクの過去の上司
セルマ・クーパー:アリス、フランクと共に三六年前のニューピースにいた女性

ジョージ・チョウ:レイチェルが所属するブラックチェンバー部隊のリーダー
プリトキン:ジョージの部下
ジェーン・ヒル:ジョージの部下
チー・チャン:ジョージの部下。細身で物静かな大量破壊兵器専門家で、ときどき、調査担当としてレイチェルを後方支援する
ゲイル・ジョーダン:ジョージの部下。取り乱しやすい女性儀典官
モーリス・ペンデルトン:アル・トゥルクの女帝アイシェ・バヤルの宮廷に派遣されていて殺害されたモスコウ共和国大使
エルスペス・モロウ:レイチェルのチームの護衛対象

U・ポーシャ・ヘキスト:リマスタードの女。軍内での地位は高い。三六年前のニューピースにもいて、その時にフランクと出会っている。
S・フラツィーア・バイロイト:U・ポーシャ・ヘキストに訪問した部下の男性
U・ヴァネヴァー・スコット:作戦を勧めていたリマスタードだが、致命的ミスを犯してそれを隠蔽した罪でヘキストに処分された。作戦はヘキストが引き継ぐ
U・ドランナ・メンゲレ:プロパゲイターの女。プロパゲイターはリマスタード文明で死亡した人物の表現型を保存して、エシャトンに代わる生まれざる神が現出して再構成するまでアップロードする役職の人物。
U・ブルムライン:惑星部局統括長官
U・フランツ・ベルクマン:セプタゴンの駐在所長。『シンギュラリティ・スカイ』のヴァシリー・ミューラー的立ち位置にいる人物。
U・エリカ・ブロフェルド:フランツの部下の副長にして恋人。実はスコットの対破壊工作部の指揮下にあったので、ヘキストに処分された。スコットの指揮下にあったことはフランツに打ち明けていた。
マルティデ、ペーター、ハンス:ロマノフ号に以前から乗船していたリマスタード

マックス・フロム:ロマノフ号に配属された航宙大尉
ステフィ・グレース:訓練センターの訓練生で航宙少尉。マックスの恋人。実はスヴェンガリの暗殺者としてのパートナー
ナズマ・フセイン:ロマノフ号船長

■メモ
紙:聞きわけのいい情報戦ワームにどうしてもトラフィック・データを盗まれたくないときに用いる無能媒体(p13)
p15でイトウ巡査が切ったルーンの意味は何だったんだろう。
p25ポケット宇宙……これについては解説未記載。参照:更新日記 - 日曜プログラマのひとりごとこの部分――「インパクト:Tゼロ」――とp36の「インパクト:Tプラス八分~一.五時間」にくまなく解説を入れるのは、物理学にかなり詳しくないと無理。
FTL(超光速飛行)
STL(光速以下飛行)
RAIR(ラム補強恒星間ラムジェット)爆撃艦
MOSS(国家安全省)
グレイ・グー(自己増殖型ナノマシン)
『シンギュラリティ・スカイ』ではアイパッチ型モニターを使っていたのに、今作では眼球内モニターをみんな使っている。
"“U”は超男性(ユーバーメンシュ)、または超女性(ユーバーメトヒェン)の略"(p595)――ニーチェのアレ。正直ダサい

■引用
レイチェルは最近、博物館にはいると気分が悪くなる、という自分の奇妙な癖に気づいた。歴史に見せかけてある恐怖と惨劇の描写に吐き気を覚えるのだ(p372)

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