2010年2月12日金曜日
ポール・J・マーコリイ『フェアリイ・ランド』(嶋田洋一訳)
『不思議の国のアリス』をはじめとして、甘いタイトルで釣っておいて実は激辛な作品、というのはよくある。これも、カバーイラストとタイトルに似合わず、かなり重厚なハードSF。ナノテクで生化学を扱いつつ、結局はサイバー・パンク(というか『ニューロマンサー』)の様式を踏襲して、そこにフェアリイやロンドンといったような、美しいイメージをもつ要素をちりばめている。もっとも、近未来のロンドンは貧富の差が激しくなり、荒廃した都市として書かれるし、登場するフェアリイと呼ばれる遺伝子操作で作られた生命体も青い肌に尖った牙のグロテスクな姿をしている。こういったような本来想像されるものとは正反対の性質を纏わせるあたりも○○パンクにありがちな混沌、雑然とした世界観を作り上げる常套手段だと思う。そしてこれはサイパンであり、尚かつテクノ・ゴシックと呼ばれるものにも分類されるらしい。テクノ・ゴシックなんて聞いたこともないが、要するにバイロン=シェリー時代(とりあえず代表される作家を勝手に挙げただけで、こう呼ばれはしていないだろう)にイギリスの小説にあった怪奇・幻想的な魅力漂う要素を、現代的な加工を施してリバイバルさせたものだと思って良さそう。あとなんかロンドンとか、そこらへんのイメージ。『ディファレンス・エンジン』や『漆黒のシャルノス』みたいなスチパンは舞台が現代ではないし、明らかに化学進歩の歴史が現実とは異なるのでこの範疇ではないのだろう。なかなか当てはまる作品が思い浮かばないが、このジャンル定義はナルホドネーと思った。
さて、小説自体は面白かったのかと言うと……正直言って消化しきれていない感があり、全部理解できたらまた違うのかもしれないけれど、一読したところではあまりに読み難かったという印象がまずあって、この物語の良さが掴めなかった。ナノテクを使った遺伝子ハッカーや、プログラマブルで破壊されても再生するような建築の材料であるストラマライトや、セミインテリジェントなジープ、居住者と会話できるホームシステム、ペットみたいなマイクロサウルス、ミームを疫病のように強制的に植えつけるフェムボット、フェアリイの外部記憶装置、等々……登場するガジェットや概念は想像を豊かにしてくれるような、面白く、またはインパクトのあるえげつない代物ばかりだった。登場人物も遺伝子ハッカーででぶでぶ言われるけど自分の体を化学工場にするような主人公、第二部からの主人公の相棒で荒事担当のタフガイ調女性に、信用ならない情報屋のフェイ(単独行動するフェアリイ)、ロリっ子外見ながらも物語の舞台裏で糸を操る天才デザイナーズチャイルド、等々……やっぱりコレ『ニューロマンサー』じゃねぇかとツッコミを入れたくはなるが、それでもあの作品の持ち味の一つであった登場人物のクセの強さも、ハードボイルド調のものとして楽しませてくれる。というか『ニューロマンサー』っぽいのは著者が意識しているのだと思う。用語の方でも被るものが見られるし。しかしながら物語の方は、話がどうなるのかという大きな道筋の予想がつかず、次どうなんのかなー的ウキウキ感が足りない。淡々としている。社会情勢とかも描写されて、印象的なのは第二部で火星探査が行われるニュースが頻繁に流れていることだったけれど、結局物語に関係のない風景の一つとして処理されていてなんだか納得いかない。パンクでゴシックだからこんなもんかもしれないけれど、もうちょっと纏まりが欲しかった。サラッと読んじゃいけないタイプの小説かもしれない。もっと突っ込むと良かったのかも。
『SFが読みたい!』のランキングは星雲賞とか海外の賞よりも自分に合っていて、『フェアリイ・ランド』は一九九九年の海外篇で第一〇位になっているが、今回は外れてしまったかな。
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