2010年1月29日金曜日

うえお久光『紫色のクオリア』


 ラノベ版イーガンと少し前に話題になっていたのがこの作品。流石に話題になるだけあって面白い。内容は言ってしまえば普通の量子論SF。イーガンの『宇宙消失』や『万物理論』とかぶりまくる。死んでしまった親友の毬井ゆかり――まりぃ――が助かる分岐宇宙を探すために、波濤マナブ――ガクちゃん――が時空を駆ける。
 『紫色のクオリア』のタイトル通り、紫色の瞳のまりぃが見る世界は人がロボットに見えるというもの。しかし主観宇宙ものっぽく、まりぃがそう認識するものは物理的にロボットとしての性質も持つ。ある事件によって瀕死の重傷を負ったガクちゃんはまりぃにロボットとして修理される。ただしガクちゃんや他の人間にとってはやはりガクちゃんは純粋な人間で、機械的な物質によって構成されているわけではなかった。もうこれ、クオリアとかじゃなくて、明らかに状況によってガクちゃんら普通の人間の此方宇宙とまりぃの彼方宇宙に別れてる。その事実を受け容れたガクちゃんは干渉性を失ったエヴェレット分岐した宇宙に干渉できるようになる。つまり宇宙の線形分解と、選択された固有状態の位相変異および優先的強化ができるようになっちゃって、選択されなかった分岐宇宙に対しての干渉性を保って記憶も共有化できる。しかも時間次元的にも制約を受けることはなくなり、過去にも遡行できるし、遺伝情報を前後に辿って他人として存在できるようになる。〈アンサンブル〉(『宇宙消失』に登場するガジェットで、蓋然性の低い選択宇宙に優位性を与える神経インプラント)も〈基石〉(『万物理論』に登場する概念で、めちゃくちゃ簡単に説明すると人間原理の中心人物)もお手の物で、最終的に物理理論が異なる宇宙(作中では宇宙を根本から作り直すみたいな描写だけど、実際は物理情報が異なる宇宙ってだけな気がする)を作り出す。こうまでしなきゃまりぃはどの分岐宇宙でも死んでしまっていたのだ。流石に宇宙を侵蝕する認識の持ち主だけあって、アーカーシャクロニクル/アカシックレコードから排除を徹底されてるなぁとか思った。こう書くとガクちゃんのすごさだけが目立つけど、主観物理系を此方宇宙に苦もなく干渉させるまりぃも、数学をゲシュタルトとして理解しちゃう上に、TOEを提唱しちゃうアリスという少女もスゴイ。チートしすぎというか、この宇宙バグありすぎ。デバッグ中の宇宙だったけど、バグにも人権があるんじゃー!と乗っ取ってしまったガクちゃんでありました。
 結局のところは助けられるとしても分岐宇宙の一つでしかないので、数多のバッドエンド的宇宙が存在してしまうのだが、それを〈クァスプ〉(イーガンの「ひとりっ子」に登場するガジェットで、コヒレンス阻害能力があるため〈クァスプ〉を搭載するアンドロイドは絶対的な選択能力がある)のようなものでデコヒレンスする必要があると思うし、デコヒレンスしても消失した分岐宇宙があったという悲しみがある。これは『宇宙消失』で主人公がすごく悩んでいた問題だけれど、この小説ではあまり触れられていない。選択の無慈悲さやガジェットによる人間性の在り方(機械的に働く肉体の再認識だと思う)というのがイーガンの小説では問われるが、そういうものをあまり感じさせず(だってラノベだしね)、とにかく主観的に一つの分岐宇宙でいいから望みに近いバージョンを発見したいという流れ。外見上はイーガンの小説と似ているが、構成要素がまったく違うので、特定タイトルを挙げるならまだしも、イーガンに近いというのはまた違うのではないだろうか。
 既存のSFが踏み固めた道であったとしても、それをマイクロカーとかクーペで駆け抜けた爽快感がある小説。もちろんサッと駆け抜けすぎて脇道の発見とかは見られなかったんだけれど、これはこれで良さがあった。うえお久光の作品は他のものも読んでみたいと思った。

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