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2009年7月13日月曜日

今期アニメの感想を羅列

 今期放送中のアニメの感想を羅列。ただし全てではなく、特に気になったものだけ。実際、先週は二十本くらい観てたのだけれど全部に感想を付ける義務はないし。そして『うみものがたり~あなたがいてくれたコト~』と『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』の二作も良くできていて(ってのは言い過ぎかな。『ハガレン』のコメディは大嫌い)、いろいろ書くべきなんだろうけど、疲れたのでまた今度。そのうち追記するのかも。

CANNAN
 今期一番のニンマリ作品。興奮させる作画だ。この作品は『街』の余生の『428』の更に余生ということだけれど、両作品を知らなくても楽しめている。その分キーワードの提示が二話にしては早い。「刀を振ったら人が死ぬ。必然です」っていう安藤真裕の言葉と「銃はシンプルでいい」っていうカナンの言葉がリンクしたり、それからマリアの科白を映像と合わせて見せてるところなんかはわかりやすい演出でいいんじゃないかな。
 要はアクションシーンだと思うけど静かなシーンでもしっかりしたレイアウトと演技の細やかさで魅了された。モブを描くのも大変そうだけど、そういうところにも妥協をしない性質が表現されている。「そう、わたしは観たい。眼を閉ざさずに、知らない作画を。怖いけど、あの人たちはずっと描いているから」「作画がすごい。命を、感じる」みたいな。すごいすごい連発してても、そんなことは観ればわかるので気になったところのメモでも。Bパートのアクションでカナンが動きまわって、これは非常に巧い作画だけど、もっとリアル調にするのなら、ジャンプして着地した瞬間にもっと足を滑らせたり身体全体を使って衝撃を和らげるんじゃないかなとも思う。劇場アニメと比べるなという話だけど、『ストレンヂア』とか『カウボーイビバップ 天国の扉』なんかはそういう動きがあったし、あとは『ソウルイーター』の中村豊がやってた椿と兄の戦闘シーン(結局ここまで中村豊と安藤真裕の話)とか、『まりあ†ほりっく』OPの阿部巌一朗がやってた脚立ステップのカットとか馬越嘉彦の……もういいか。何ていうかな、カナンの魔眼発動からの数カットは滑らかすぎなので、もうちょっと引っかかりがあっていいのかも。そして結局これは素人の思いつきなので、プロがリミテッドアニメの気持ちいい軌道を考えた場合は作中のような動きの方が適切なのかもしれないが。それでも自分で実践してみなければ疑問ばかりが残って知ることはできないので、数カット真似てみて勉強したい。
 
化物語
 もはやほとんどの人が「新房」「シャフト」という言葉で片づけてしまっているこの作品。けれど、確かにそうなんだろう。その言葉はもう半ば実体を持っているから。まあそれは結局半ばで、大した重みにはならないと思う。
 一話アヴァンは全然内容がわからなかったけど、金髪のお姉さん(吸血鬼?)に阿良々木が駆け寄るところは中村豊っぽい走りだと思った。確実に氏ではないだろうけど、なんとなく『鋼の錬金術士』で観た走りに似てる。hapzeさんはアヴァンの担当を尾石達也と睨んだらしいけど全然わからない。そもそも氏がどういう絵を描くのか知らない。一話Aパートで阿良々木が戦場ヶ原を追いかけていって、「戦争をしましょう」って言われるあたりのシーンは巧いけど誰がやったんだろう。なんとなく『まりあ†ほりっく』十話Bパート冒頭(今村亮か?)と似てるかもとか思ったけど、ブラーのかけ方が少し違う。それからBパートになって忍野が登場するあたりもPVカットになっているだけあって、そこまで動かないけど絵は綺麗でバランスが取れてるけど、たまに挟まれるワイドショットは質がブレているように感じるのでバストアップだけ渡辺明夫がやってるのかも。二話Aパートで戦場ヶ原が後を向きながら下着を着けるシーンはムチムチホネホネ、最初にシャツを着るミドルショットはシワシワしてて良い。着替えシーンって大変そう。二話Bパートラストの妹たち(?)が阿良々木を起こすところとかもいい具合に動いていてすごい。ベッドを二人の手が揺するところが細かい。
 光の射し方が『夏のあらし』よりずっと優しくて良かった。というか『夏のあらし』は本当に目が疲れるアニメだった。『化物語』はシリアスな場面では暗くなるところがしっかり黒くなるあたりとか、わかりやすいけど単純で効果的なんだろう。まあ演出論とか色彩論は全然しらないから思いつきだけど。というか演出の話ならむしろ二話Bパートが強烈だったので、その点を語られるべきなのだろうか。怖いけどあれで映像を保たせてるのはすごいなあ。不気味な映像で、むしろああいうのがあると釘付けにされちゃうのかも。
 原作未読だけどストーリィは普通に楽しめてる。阿良々木と戦場ヶ原のやりとりが特に良くて、あんまり忍野の蘊蓄は興味がないが。結局重さと軽さの不思議な関係はどっちが美しいのか。相変わらずわからないけど、この作品では重さがあった方がいいことになってるのだろうか。ただAパートの軽妙なやりとりは軽さに重みを与えたからこそのものだろうから、軽さを軽んじてしまってはならない。軽さの大切さを失えば中身のないやり取りに終始するストーリィが出来上がってしまうから。

プリンセスラバー!
 これと『プリマ☆ステラ』を混同していて、最初はかぐやの原作だと思ってたけど、Ricottaのゲームだった。
 一原やってるのは大久保宏と鈴木信吾と菊田幸一の三人。所謂「抜けるテロップ」。当然作画はすごい。しかし稀になんとなく違和感を感じるweb系っぽいというか、最前述べたような『CANNAN』の軌道とは逆の性質を持った作画のタイプ。細かさよりダイナミックでアニメ的な、タメとヌキの差による気持ちよさを優先させた個性的な感じだと思う。こういう女の子が可愛いアニメ(萌えアニメと呼ぶのはまだ早い)でこのメンバーっていうのは意外な気もする。たまにやりすぎだなあ、古いなあとか思わないこともない。特にシャルロットと二人で崖からダイブするところから、おっぱいモミモミ問題で慌てるところの表現。それでも一話では大したストーリィ性がないのに結構な好評を受けているのは作画の技術力があってこそだと思う。
 二話は一話より自然な演技が多かったと思うし、話も何だか良い感じに思った。

ティアーズ・トゥ・ティアラ
 良いアニメなんだけど、観てる人は少なさそう。作画より脚本で魅せるアニメだと思うんだけれど、作画もなかなか良いところが多くて見逃せない。
 十四話は細田直人回。これは『われもの』と同じく、後でもう一回原画参加するフラグか?たぶん担当パートはAパートのオーガとの戦闘シーン。この戦闘シーンはそれぞれのキャラクターが原作ゲームのバトルパートでどういった役割を持ってるかが理解しやすくて良かった。特にモルガンがスイールの後方から弓を射るカット(オーガを中心に回るようなカメラの動き。あれは何て呼ばれる撮影方法なのかは忘れた)がオーガの巨大さと他の人物との距離感を一度に顕せているとてもいい画だと思う。それから後のガイウスが帝国元老院に立ち会う場面(ここでも再びカメラの回り込みと細かい演技があった)と、リアンノンがアロウンの様子を気に掛けて部屋に訪れた場面でもそれっぽいカットがあったけど、どうなんだろう。修正だけかな。六話Bパート戦闘シーンも誰がやったのかわからないけれどゲリラ戦のスピーディーさや混乱が伝わってくる作画。スカッシュの使い方がカッコイイ作画だったから、けっこうわかりそうなもんだけど。にわかだとバカにしてもらって構わないから知りたいなあ。

Phantom ~Requiem for the Phantom~
 OPなどで付けているマスクは『オペラ座の怪人』(英語だと『The Phantom of the Opera』なので)のオマージュだろうか。原作も『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』って名前だし、ヒロインはそのままアインで、怪人が博士で、イケメンというかヒロインを助けるのがツヴァイで、他の警察とか観客とかオペラ座の人たちがインフェルノの皆さん……っていう役割である程度当て嵌めることができる。
 脚本が秀逸で1クール目の鬱々とした雰囲気で飽きかけた頃にひとまず決着をつけたように見せて、今までのムードを一転させるような新キャラのキャルを出してくる。毎週楽しみでたまらない。ぼくはロリコンじゃないけど、そういう要素は誰しも持ってるので、基本的に男子はこれでノックアウトされる。アイキャッチも変わった。『ポリフォニカ クリムゾンS』もそうだったけど、アイキャッチが丁寧だとサーヴィス精神を感じる。
 マクガフィンのプロダクトの使い方がベタベタで嫌いなのはニトロプラスに対するぼくの一方的な確執である。『Phantom』ならまだいいんだけど、『天使の二丁拳銃』でカイエンとビートルでカーチェイスをやっていたのがずっと記憶に残っている。カイエンとビートルというこの組み合わせは一台ずつでもキャッチーすぎるのにこれが二台並ぶのは……

よくわかる現代魔法
 まさかこのラインナップに『よくわかる現代魔法』が加わってしまうとは……『sola』が好きだったし、連載中止になってしまった宮下未紀の『ピクシーゲイル』という漫画とも少しリンクしてるみたいで、それも好きだったので気になるが、それだけの要素で正直見続けるかはわからない。
 しかし昨今稀に見る野中藍のミスキャストではないだろうか。騒がしいキャラに騒がしい声(というと悪いけど)を掛け合わせるのはうるさくなりすぎるのかも。少し理知的なキャラクターの方がこの声だと魅力的か。
 アヴァンは冒頭数カットのエフェクトとピンク髪の女の子が逃げ回る動きは丁寧で上手い演技のさせ方だと思った。だけどなんとなくぎこちないというか、たぶんタイミングなんでしょうけど、スピード感がない。OPもエフェクトの描き方が結構良かった。
 かなりどうでもいいんだけど、一番驚いたのはMotorolaのAURAをベースにデザインした携帯電話が描かれていたことだろうか。大暮維人あたりがそのうち漫画で描いてくると思ってたけど、まさかこの作品で出てくるとは。でもAURAは宮下未紀の柔らかでどこかセレブな印象の漂うデザインとはマッチする。

2009年7月11日土曜日

署名をするならこちら - MIAU「児童買春・児童ポルノ禁止法改正についての緊急声明」

 「架空創作表現規制禁止の法制化を求める署名」というのが何故か一部で流行り、署名した方も多かったとは思うが、それならMIAU「児童買春・児童ポルノ禁止法改正についての緊急声明」の方に署名して欲しい。
 前者の署名は制定内容に目を通すとかなり問題があるように思えた。法によって規制することを法によって規制するという不思議でがんじがらめな思想に感じられた。ぼくと同じように署名をせずに批判したりネタにした人間も決して少なくなかった。
 その後に児童ポルノ改正案審議の内容が国会中継などで知られることになったが、今回の改正案は予想していた以上に思想弾圧的というか社会主義的な要素を盛り込まれることが明らかになる。もう前者のような署名では幼稚で効果がない状況だと思った。まず単純所持に規制がかかる範囲がとても広く曖昧である可能性が出てきた。たとえばジャニーズも規制対象だとか宮沢りえの写真集『Santa Fe』を所持しているならば廃棄しなければならないだとかが挙げられた例だ。もちろんデジタルデータの保持も禁じる意向であるようだ。どれだけこの改正案がわれわれの既存の文化と財産を破壊するものであるかはこれ以上例を挙げなくても十分だと思う。
 しかし、この上さらに雲行きが怪しくなる。先日あったBBSのURL書き込みで逮捕されたというアレ。児童ポルノのサイトにリンクを張ったとして、神奈川県警がネット掲示板の書き込み者と開設者を摘発した。これはいろいろな問題を孕むが、ぼくは特に怖いと思ったのが、審議中の改正案が通った場合には、このリンク、URLだけで逮捕されてしまう適用範囲が広がるだろうということだった。
 社会に対する理解と、知性に対する良識によって、今回の改正案は取り消されるべきだと思うがどうにも議論の流れはそうではないのが悲しいところだ。MIAUの声明は規制実施に際してブレーキを掛ける、とてもマトモな署名だ。署名は「MIAU : 児童買春・児童ポルノ禁止法改正についての緊急声明」から。それらの内容の解説については「MIAU : 児童ポルノ禁止法改正案緊急声明についての解説」を参考にされたし。最前の「架空創作表現規制禁止の法制化を求める署名」と比べて読むのは些か面倒な量だと思う。けれどそれは、しっかりと正確性を持っているからだ。これを読んで信頼できなければ仕方ないし、でも曖昧すぎて正義を騙った危険思想というものとは違うことが感じられる。MIAUがんばれ、超がんばれ。

2009年7月9日木曜日

レコ




 パンツを穿いていなくて誰が咎めよう。ベルニーニやロダンの彫刻も穿いていないものは多い。つまりまあ……うん、マエバリって久々に見たような気がするなあ。
 シューティングゲーム『虫姫さまふたり』の主人公レコ(Reco)のフィギュア。制作はマックスファクトリー。もっと写真を見たいなら公式の紹介ページ「はいてない!?スジクッキリ「虫姫さまふたり レコ」レビュー」を参考されたし。原型師名は発表されてないが、多分だけれど志賀弘臣の制作。氏が個人出品したガレージキットをリファインしたものと思われる。その当時のものの写真を見ると今回の完成品とはかなり異なる部分があるから、もしかしたらリファインは別の人がやったのかもしれない。
 筋肉がしっかりしていて良い。写真に撮った腋、腹部、脚が特に美しい。三角筋や胸筋の細いながらも腕を上げることによって盛り上がってる部分にも思わずニンマリ。個人的には胸より、その周囲の形に惹かれる。可愛らしさや、服飾の細やかな部分の再現も重要だけれど、最近は良くできているものが本当に多くて、個人的なフィギュアの選別方法は人体のプロポーションを優先するようになっている。どうしても原作イラストの再現となると画面的な見栄え重視で筋肉などが描かれていないものをそのまま立体に起こすことがあるけど、やはり立体になる際には肉と骨を感じさせる作りがより大切になってくると思う。とは言ってもこのレコの場合は原作イラスト担当のHACCANも筋肉表現をしっかりするタイプのイラストレーターなので、そこまで大胆に肉付けをしたと言えないのかもしれないが、ともかく非常に美しい人体である。
 クリアパーツも大抵の場合は違和感が先行するけれど、これはとても良い効果を発揮している。光の当たり方にもよるけれど、髪のピンクから黄色へのグラデーションもクリアパーツでなかったらこんなに綺麗にきまらなかったのかも。ちなみに原作だと束ねた部分の髪先はオレンジだし、多くの部分はもっと紫がかっている。この変化の理由は気になる。塗りも担当がいる筈だが、そういうのはなかなか表に出てこない、いわば舞台裏の作業である。ミカタンブログとかよりも、業界のテクを知らしめるべく制作陣のインタビューとかをやって欲しい。まあ、企業秘密だと言われてしまえばそれまでだけれど。
 もはやフィギュアの話ではないけれど続ける。レコのデザインはあざといけど可愛いで留まらない良さがある。まず『虫姫さま』の設定が卑怯で『地球の長い午後』+美少女って言えば『ナウシカ』だけど、『ナウシカ』以降だってそのアイデアの使い方は健在で、まだまだ魅力的なパワーを秘めている。そこで土臭くないビジュアルを投入しつつもアンバランスにならないあたりがセンスという名の努力の結晶だ。綺麗で、可愛らしくて、優しげで、しかもちょっとエロティック。アニメーターを目指しはじめてから、こういうデザイン面での深い思慮がどうしてもできなくなってしまう。こういう面での観察眼も時には必要とされることがあるだろう。良い機会なので『虫姫さま』のイラストレーションをじっくり観てみることにしよう。
 ちなみに原作ゲームはゲーセンでプレイしたことあるけれど無理だった。『東方』とかならまだしも、あんな本格弾幕は……ウルトラモードのDVDに記されているフレーズは"虐狂の極悪上弩へようこそ"。可愛いビジュアルに騙されたオタクは多いと思う。

2009年7月5日日曜日

希『紅殻町博物誌 紙の体験版』

紅殻町博物誌 紙の体験版
 注:"こうかくちょう"と読むと攻殻機動隊みたいで未来チックですが違います。(『月刊うそ。 volume.31』表紙の文章より)

 いかにも文庫っぽい――というか文庫なんだけどゲームの体験版。あーもう、どうやってこれ表現すればいいんだ?つまりライアーソフト、通称嘘屋のファンクラブ会員であるぼくのところには定期的に『月刊うそ。』なる会報が届けられるのだが、先月届いた封筒に入っていたのはいつものA5サイズのものではなく文庫判の……文庫だったのだ。
 raiL-soft(レイルソフト)というのはこの『紅殻町博物誌』が二作目になる嘘屋の姉妹ブランド。処女作の『霞外籠逗留記』は体験版だけはやったところ、明治末から大正初期あたりの文学作品というかちょい古めの和風文学語りで、具体的に言うと泉鏡花とか日夏耿之介とかたぶんそのへんから影響を受けているんだろうと思われる言葉の使い方をする。文章自体はそうでもないけど、今回の『紅殻町博物誌』にしても廂間とか葦簀とかがそれっぽい。尾崎翠チックに瓶も罎と表記して欲しかったけど。で、やってみると良い意味で「これ、エロゲーの文章じゃねーよ……」と呟きたくなるものだった。そういうテクストはむしろ心地良さを感じさせるものであったのは記憶に残っている(不適切な放浪: 『霞外籠逗留記』体験版雑感)。今回もその雰囲気を継続させて、最早開き直ったのか「レイル文庫」なんて記してまんま文庫で攻めてきた。いや、本編はゲームらしいんだけど……嬉しいしすごいけどややこしい!
 いまさらな話ではあるけれど、エロゲーのシステムというのはクリックすると文章がどんどん出てくるものではあるが、それは一覧性に欠けるし、クリックする手間は実際の本の頁をめくるのに比べると随分めんどうなものであると思っている。だからまず形式だけでもこうやって読みやすい形になってくれるのは嬉しい。それってエロゲー否定じゃないかとも思われるかもしれないけれど、まあどっちにも良いところがあって、それぞれの善し悪しをここで列挙しようとすればいささかめんどうであるので僅かに指摘するに留めておくけれど、最前述べた本のリーダビリティに対して、エロゲーには映像作品とはまた違う独自な時間性(あるいは空間性といってもいいかもしれないけれど)が認められるだろう。モニターの中、あるいは一つのウィンドウの中でのみ展開される活劇は読み返しや読み飛ばしがしにくいけれども、その中で絵(エロゲーレイアウトのつまらなさや、微妙に立ち絵が動くことによる虚しさはひとまず忘れて)と音楽が用意されていることによって独特の臨場感をプレイヤーに与えてくれるのはノベルゲームやAVGを体験したことがあるのなら同意されることだと思う。画面的には気持ちいい動きなんてものがないどころかむしろ逆だったりするのに、声や音楽や効果音が巧みにくっつくとそのシーンが忘れられなくなったりする。『Wind -a breath of heart-』のみなもの問い詰めとか、『水月』の花梨と二人きりで会っていた日の夜、別れ際に和泉にその場面を目撃されてしまったところとか、『ひぐらしのなく頃に 綿流し編』原作の目とか、体験版しかやってないけど『Trample on Schatten!!~かげふみのうた~』の冒頭とか、等々。しかし腰を据えてやるのならまだしも、体験版でちょろっとやりたいとなるとモニタの前でクリック作業を繰り返すより、文庫本をそのへんに持ち歩いたりできるのが便利だ。具体的に例を挙げると便所とか。まあ結局机の前の椅子に座って読むんだけどこう手軽さが違う。さらに今作のような文章なら、ぶっちゃけ本編も書籍の形でもまったく構わない……というのは言い過ぎか。実際に声を聞いたりしたら、その力に抗えなさそうな気はしている。『霞外籠逗留記』体験版での草柳順子の声はパンチ力があったし、嘘屋ゲームに出演している野月まひるの声はカリスマ的な魅力があるからなあ。ベタだけど北都南の声も好きだし、芹園みやとかも……(もう止まれ)
 脱線から戻って文章について。大方のエロゲーはリヒテンベルクが述べた "ゲーテが冗談を口にするときは、きっとそこに問題が秘められている" というようなはっとする細やかさは少なく、文章量は大抵の長編小説を圧倒するけれど、結局はくだくだした言い回しやがっかりイベントに費やされることは多い……懸命に仕事をしているライターさん達には悪いけれど、これがちょろちょろエロゲーをやる人間としての真実の実感だ。けど嘘屋でスチームパンクシリーズを手掛ける桜井光にしろ今作のライターである希にしろ、文章自体の心地良さを感じさせる書き手だ。他のエロゲーで画かれているようなヒロインとのイチャイチャとかはないんだけれど、その長くはないけれど重みのあるシーンの描写は鋭さを伴って世界の美しさを語る。スチームパンクシリーズの副題となっている What a beautiful world(/people/tomorrow) というフレーズを思い出す。レイルソフトの作品も仮に副題を付けるのならば、その美しさに準ずるものを携えるに相応しい作品だと思う。もっともモニタの中の女の子とイチャイチャできるのは前述したエロゲーの独自性があってこそのもので、それはそれで楽しいんだけど、ぼくの場合は実際にその状況に行き着けばまだしも、進んでそこまでのトランス状態に入りたいとまで思ってはいない。日常の充足を補うハングリー精神(飢餓感)よりも好奇心の方が強いから、想像のつかない未知の世界で冒険して謎を解きたい。これも一種の厨二病なのかもしれないけど、SFにしろミステリにしろ何かしらの謎解きは、自分が正義のヒーローになって悪を倒すという体験よりもわくわくする。そういった謎解きの興奮を与えてくれる状況にあっては、イチャイチャはむしろもどかしく感じてしまうあたり自分の余裕のなさが浮き彫りになるけれど、やっぱり消化試合より確実に確信に近づくような理知的な主人公に便乗させてもらうのは爽快だ。
 物語について全然書いてないからちょっと捕捉しておく。サイト見てもらえばいいとは思うんだけど。『紅殻町博物誌』は現代の日本にありながら不思議なことが起こる田舎町を舞台にした物語。正確にはこの町だけにある珍奇物品が不思議な現象を引き起こすのだが。『Forest』の新宿みたいな感じかとも思うが、不自然さが自然さと調和したノスタルジックというか優しさが混じり合った幻想譚っぽい。これは都会が持つ性質と、田舎のそれの差異を顕しているといってもいいように思えて、そのハーモニズムにはかなり惹かれるものがある。感覚がおかしくなる不思議さがあるのに、物質性をしっかりと捉えられるからどこか安心感が得られる。主人公の宮里智久が幼少の砌に訪れた紅殻町に再び訪れ、叔父により記された珍奇物品に関するノートにその記録を書き足していく。なんとなく物語に必要とされる欠如(登場人物の飢餓感)が足りないような気がするけど、本来的には都会の人間である宮里青年がこの不思議とどう融和していくのか、どう決まりをつけるのかが楽しみ。これは製品版をプレイすると思う。その前に『霞外籠逗留記』に着手しなくちゃだけど。

2009年7月1日水曜日

パースと解剖学の参考書を再読



 先月は昔読んだ参考書をふたたび開いていた。参考書っていうのはどうにも一冊だけでは足りない部分があるから何冊か同じ系統の本か、あるいはこういった実用書であるなら、本当に実用しているサンプルが載っている本なんかが(まあ絵なのでネットに画像ファイルがあればそれでもいい)欲しいところ。
 パースはいろんな参考書にオマケ程度には解説されてるけど、専門的に扱っている本で持っているものは『マンガでわかる遠近法』とPhilip William Metzgerの『 初めて学ぶ遠近法』というものの二冊だけ。後者の『初めて学ぶ遠近法』はあまりに基礎的すぎて、ほとんど役に立たなかった記憶がある。反面『マンガでわかる遠近法』は詳しいことまで載っているけれど、こっちのキャパシティーを上回りかねない。漫画だから楽しく学べるって言ってるレビュアーもいるけど、あれは嘘だ。本気でわかろうとしたら根気がいる。翻訳者がわかってるのかも訝しんでしまうところもあって、原本の方で意図的に間違った絵をコマに入れている場合なんかはそれが伝わりにくかったりする。
 それから大抵の本はそうだけど、特にこの参考書は「Lesson 1」とかのよくある実践的な部分もないし、参考になる絵も少ない。漫画形式だからしょうがないんだけど。つまりこの技術を使ってどうなるものかというのが具体的にわかりにくい。そこで他の本が必要になる。個人的にそこで役立つと考えているものの一冊がScott Robertsonの画集だ。『 Start Your Engines: Surface Vehicle Sketches & Renderings from the Drawthrough Collection』か『 Lift Off: Air Vehicle Sketches & Renderings from the Drawthrough Collection』がいい。この画集を見て、ぼくは遠近法の真実な重要性に目覚めた、少なくとも自分ではそう思った。Scott Robertsonは知ってからもう数年経つが、いまでも最も尊敬するアーティストの一人だ。下の画像は『Start Your Engines』から。

 『やさしい美術解剖図』の方は学生の時に学校の図書室に置いてあったものを使っていただけだから今回は購入した。この値段でこの内容はお得か(残念ながら、後にそうでもなかったコトが発覚)。この本は簡易な解剖学書としてドローイングの役に立つように書かれていて、参考になる絵もたくさん載っていて内容が充実している。模写しながら学べるタイプの本。筋肉や骨格を意識させたり、それどころかそのものを描いていたりする絵はネット上にも結構あるし、それらと見くらべながら読むのもいいと思う。
 追記:というか殆ど全ての絵を模写し終わって分かったが、著者の絵が投げやりなのが欠点。すごくわかりにくい部分が多くある。ある筋肉が、別の筋肉を覆ってしまっているところなどは、他の本だとどうなっているかが描かれていなかったりしているが、これには段階的に描かれているのがいいのに、そこが汚い描き方になっているのは指南書として問題だと思う。そういった曖昧な点が多いために、飯島貴志の『人体のしくみ』と照らし合わせて参照しなければならなかった。