2009年9月9日水曜日

『漆黒のシャルノス -What a beautiful tomorrow-』


 ついにゲーム本編も、ウェブノヴェル『ナイハーゴの灰葬』も、会報『月刊うそ』も、同人誌『おさるのす』と『しつこくのおさるのす』も読み終わってしまった。会報でのアフターストーリィはまだまだ続きそうだけれど、一抹の寂しさを感じる。
 去年の八月頃に本作、『漆黒のシャルノス -What a beautiful tomorrow-』の情報が公開されてから、スチームパンクとか、サイバーパンクとか、怪奇小説とか、ミステリーとか、幻想小説とかを、それなりに読み、予備知識を蓄えてた。といっても元ネタにされている範囲が厖大なためにまだその一角しか崩せていない。未プレイだったWhat a beautifulシリーズの第一作の『蒼天のセレナリア -What a beautiful world-』をプレイし終わって、第四作となる『白光のヴァルーシア -What a beautiful hope-』の情報も公開されて、このまま準備していたらいつまでもプレイすることが出来ないと考え、思いきって開封した。結果的に、前二作の『蒼天のセレナリア』と『赫炎のインガノック -What a beautiful people-』をプレイしたのと、ネタ元の小説をある程度読んでいたことは良かったと思う。
 自分は浅学なので、登場人物が語る比喩や、サブタイトルの捩りなんかはある程度小説を読んでなければわからなかったに違いない。いくらかの説明の放棄と、ほんの少しの衒学趣味が、なんとなくあの時代の小説や講義録のよう。例えばホームズもいくつかの短編で神話から事件を皮肉って語っていたりしたし。作中で見られる反復性も『ディファレンス・エンジン』の「ナラトロン」による反復プロセスを想起させた。それ自体に大した意味はなかったけれど、そういうガジェット的な楽しさも、テクスト主体のエンターテイメントを楽しむ上では僅かながら意味のあることだと思う。
 『蒼天のセレナリア』からは設定が脚本に随分絡まってる。『赫炎のインガノック』はアーコロジー内の閉鎖環境での物語ということもあるし、記憶も曖昧なので、いまひとつ本作との絡みは少なかったような気がするけれど、ところどころインガノック関連の用語は出てくるし、あの作品のウェブノヴェルは直接的に本作に繋がってる。
 『シャーロック・ホームズ・イレギュラーズ』に載ってる桜井光のインタビューによると、女学生ロマンにピカレスクロマンを混ぜた少女小説的イメージらしい。そこにトラディッショナルなスチームパンクSF(伊藤計劃によるとスチームパンクをぼくらは勘違いしているらしいけれど、とりあえずそう言っておこう)とコズミックホラーをさらに混ぜた一種の歴史改変もののエロゲーが本作。二〇世紀初頭の倫敦が舞台で、その中にある碩学院の女学生が主人公とか、良い意味で反則すぎる。様々な作品のオマージュであり、見方によっては節操がないと思われそうな組み合わせだが、いくつかの作品に別けて独自の世界が語られ(という部分もギブスンを想起させる)、既にひとつの作品世界を構築することに成功している。だからある意味ではファンタジィであり、史実との繋がりの希薄さが歴史改変(alternate history)ものとは言えなくなっているのかもしれない。ただし史実との差異を語られる部分が歴史改変ものの楽しみのひとつであるのなら、これもまたそのひとつであると言えるのだと思う。はい、ここで名台詞!"なるほど――そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう"。『レピドプテラ』の唯古みたいに言うなら、"そういうのとは ちょっとちがうんだと思う"。
 巧緻に絡み合うシリーズ作品の中のひとつというのもあって広がりがあるのもいいが、やはり、何よりも、登場人物の造形と舞台設定のシナジーがとんでもなく痛快。正直、シナリオゲーの皮を被った画期的なキャラゲー的側面に随分惹かれた。カフェでビアズリーのことを喋って恥ずかしくなってたり(今で言う腐女子的雰囲気が若干感じられる)、ティファニーに興奮したり――読んでいて嬉し恥ずかし悶死するしかない。時期もあって、一瞬『ラブプラス』を一足早くプレイしてるのかと幻視してしまいそうになった。『赫炎のインガノック』の猥雑な生活感も良かったけれど、こんなセレブオジョーサマな生活感もなかなか……ゴクリ(AA略)。後半は伊藤計劃の『ハーモニー』とかアーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』な壮大な感じではあったけれど、主人公のメアリが賢くて優しくて強いので非常に爽やかな読後感。このへんはエロゲーならではだけれど、肩すかしにならずにここまで綺麗な終わり方を見せてくれたゲームはなかなか珍しいと思う。
 画も音楽も声も文句なしだが、特に画は特徴もあって最早他の選択肢が考えられない。そもそもAKIRAの画風は元来から好きで、情報が発表されたときに、これ以上合うものはないと思ったくらい。『赫炎のインガノック』からいきなり塗りが良くなったけれど、今回もちょいAndrew Jonesなグラフィックが作風によく似合ってる。そして描かれたメアリは可愛すぎて非常に困る。ゲーム本編のメアリもいいし、『しつこくのおさるのす』で「あたしもあんな碩学様になりたいなあ」と将来の夢を語る子供時代のメアリを見ると、思わず笑みを洩らしてしまう。子供のくせに妙に艶のある表情。存在自体が18禁と言われるだけはある。ウェブノヴェルのクライマックスで手を伸ばされたMが羨ましすぎてどうしようかと、レストレイド警部の気持ちに。果たして今後、彼女以上の主人公且つヒロインに出会えるのか。メアリの物語が語り終わられてしまうことに恐怖を感じる。故に明日を否定したくなったとしても仕方ないことかと。
 ゲームパートは難易度が高いとあんまり評判がよろしくないけれど、これもなかなか良くできていた。『蒼天のセレナリア』のゲームパートは頭を使わない簡単さのせいで単純作業と成りはてていたのでつまらなかった。『赫炎のインガノック』のゲームパートはつまらなくなかったけれど、ゲーム性があんまりなかった上に、殆ど勘を頼りにしなければならなかった。今回はちょっとだけ頭を使わなければならないし、適度な緊張感を要求されるので随分楽しめた。おまけCGを見なければ簡単なんだけれど、CG入手を目指すとなると、ラストステージはそれなりの難易度で、運が悪いとコンティニューを強いられてしまうあたりがいい。『サガ フロンティア2』の難所、サウスマウンドトップの戦いを思い出す。ゲームパート中で回収する四つの声(手がかりテクスト)はシナリオを理解する上でかなり重要だけれど、『赫炎のインガノック』と違って必ず全て読めるし、前後半で別れたゲームの特に後半は、テクストを読んで疲れた頭の小休止になったので良かったのでは。信者脳のご都合変換と言われかねないけれど、普段ゲームをあんまりしない自分としては充分だった。
 やはり少し時間を掛けて本編をプレイしたので自分の中で脚本の流れを消化できたのも良かったし、総合的には非常に時間をかけてゲームまで辿り着いたのが功を奏した。多分メアリが『モンテ・クリスト伯』を読んだときに言うように何度読んでも新しい事がわかるんだと思う。また時間が経って、知識を得た後に、このゲームをプレイしたい。

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