小市民は選挙が好き - よそ行きの妄想というエントリーがはてな界隈で(いきなり脱線で申し訳ないんだけど、「はてな村」って呼称を最近聞かなくなったなあ)そこそこ話題を呼んでいる。自分は今回、投票してきたが、この行かないという選択肢はアリだし、書かれていることにはそれなりに同意する。公明党に入れてと囀る学会の人間はやはりどうかと思うが。国民の義務だから行くべきという意見も、この時期になると政治的なことを普段は書かないような人がやっているブログで散見され、なんだかなあとも。
国民の義務だから、つまり政治を良くするために行けと言うだけでは、棄権している人間は投票に向かうことはないだろう。なぜ行かないかというと、行きたくないだとか、あるいは上のエントリーにあるような意志があるわけでもなく、誰に、あるいはどの政党に票を投じればいいのかわからないからだ。だから行くべきだと論ずるならば、どの政党がこういう方向性を持っているから云々書いて説明し、そしてこの政党に入れるといい程度は書いた上で選挙に行けと言って欲しい。
当然ここで秘密選挙というのが壁になってくると思う。これが民間信仰チックな強迫観念になっていて、「秘密にしてもいい」が「秘密にするべきである」になっているのが問題で、別に支持者や支持政党が違えていても人間関係は変わらないのに気にする人が多すぎる。ちょっと不思議に感じるくらいだ。ぼくが母から投票者を教えてもらえないくらいに、この強迫観念は強い。もし実際的な理由があって明言できないのならば仕方ないが、特にそうでもないのに支持者の名前を挙げられないような思考能力のない人間が実際的な政治に関与しようと、それか政治的なことを語ろうとするなんておかしいことだ。まあ、ぼくが支持した保坂展人は落選っぽいからぼく自身、結果的に政治に関与しなかったんだけど。ほんと、無碍にずぶ濡れになっただけだった。"負けた候補への票だって、当選候補に対する示威行動のひとつとして効果を発揮する"(第45回衆議院議員選挙投票日 - Tonapaは席を外しております!)らしいけど、どうなのかなあ。(追記:ネトウヨ大憤死の巻にあるみたいなマジキチな人間は右派でも左派でもいるわけだから、友達は選んでおくべきだと思うけど)
ぼくだって選挙日が近づいて情報収集しないと誰がどんな人物かわからないくらいには政治的な情報弱者なので、行かない人間の気持ちはわかってるつもり。同年代の友人・知人と話しても、どこに入れればいいかわからないよねって発言はしょっちゅう出るし。しかも今回の投票日みたいに土砂降りの中で投票に行けなんて言われても、行こうと最初から思っていない人間は絶対に行かないだろう。行かせたいからにはそれなりにモチベーションを持たせなければ、言いたいだけだろと嗤われて終わってしまうと感じるのだが。
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