2009年3月14日土曜日

『CLANNAD AFTER STORY』#22の感想

 といっても先週の#21(演出:北之原孝將)で一週目は終わってたけど。綺麗に締めたなあと思う。
 Airに続いて少しトリッキィなプロットだから、それがあからさまに露呈する#22(演出:山田尚子)はアニメから入ったフォロワーからは受けがイマイチよくないみたいだけれど。映画なら『ジャケット』や『バタフライ・エフェクト』、ゲームなら『Prismaticallization』や『神樹の館』と同じで、このシリーズは循環する特種な世界の、というか人物の物語だということを捉えなければならない(key次回作の『Rewrite』なんてもう名前がそのまんまだし、最新作『リトルバスターズ!』もループモノ)。シリーズとして認識されてない節があるけれど、一応TBSのサイトには"『AIR』の夏、『Kanon』の冬、そして舞台は『CLANNAD』の春へ"という説明書きがされている。さらに作中では、ストーリィとしてはかなりどうでもよかった宮沢ルート相当#8「勇気ある闘い」(演出:石立太一)で、『Kanon』の登場人物である秋子の謎ジャムと早苗のレインボーパンのコラボ(笑)が画かれる。この後、かのジャムを塗ったパンを口にした面々が昏倒し、唯一無事に残った朋也が一騎打ちに向かうという超展開を頭の隅に追いやって鑑みてみれば、このコラボ(ryがこれらの作品は世界観を共有しているという情報を伝える良心的な小道具だったことがわかる。そしてこの世界観を把握すれば最終話の登場人物の立ち位置などを改めて思案することができて、『CLANNAD』の全貌は難しくとも、大まかな部分はなんとなく理解の上に納得できると思う。
 ところで『CLANNAD』では、対象性のある世界の重ね合わせ部分を認識できる接触者としての風子や、世界構造に迫っているのに比較的縛りが弱い(行動可能な範囲が広い)ことみは振り返ると二人ともそれなりにペナルティとして苦衷を味わった人物だった。朋也も相当の痛手を負ったことを念頭に置けば、1000回の夏を繰り返す程ではないにしろ、世界のシステムに咫尺する人物ほど――システムの部分であるほど――大きな代償を必要とする。つまりノーフリーランチが麻枝准の世界観の基礎にあるのかもしれない。

 追記。物語の大筋は個人的には興味が持てず、まあそうゆう観点ではダラ観してた、というかダラ観できたというか……例えば『とある魔術の禁書目録』や『ストライクウィッチーズ』なんて観てるときは、ぼくは必死に話の内容を気にしないようにして苦労するわけで、そうゆう徒労はせずに済んだ。今観てるもので純粋に面白いといえるシナリオのものは『鉄腕バーディー02 DECODE』くらいしかなかったり。

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