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原題は『Twenty Years' Crisis, 1919-1939: An Introduction to the Study of International Relations』。読み易い内容で、カーの明瞭な言説は魅力だった。強烈な主張があるわけではないが、政治学というディシプリンに於いてものごとを捉えるのに枢要な考え方の一つを説く。近視眼的にも遠視眼的にもなりやすい政治分野で、力と道義の相互補助という見解を打ち出している。
そこまで読み込んでないので気にしてないけれど、誤訳が多いらしい。細かい部分と補説なんかは国際情勢板から色々と調べるとわかりそうだけれど、現状未だそこまで突っ込む気にはなれないし、余裕もない。
目次はとてもわかりやすく分けられてるので引用してみた。
関連スレ:国際関係を学ぶための読書案内
マイケル・ベイ監督がこの『トランスフォーマー』(@IMDb)の前に撮った『アイランド』(@IMDb)は映像は凄い、けれどそれ以外に見所がない映画だったのだが、これはオープニングからエンディングまでトランスフォーマーが世界最高のCGで動き回って本当にかっこいい上に単純な対立構造が観客からするとわかりやすく平易に楽しめて良かったと思う。米軍の協力を得ているということもあり、映像は『アイランド』よりも格段に素晴らしいものに仕上がっていた。ストーリィは手放しで褒めれる内容じゃなく、突っ込みどころも多かったり無駄もあったりするけれど、それも含んでVFXや演出を楽しめる。
ちなみに僕のお気に入りのカットはスタースクリームの大気圏脱出。Linkin Parkの『What I've Done』という曲とマッチしていてめちゃくちゃカッコいい。音楽と映像の意外なマッチというのは映画で惹かれるポイントの一つ。なさそうな組み合わせというのはそれだけで印象に残る。例えばスパイク・リー監督の『インサイドマン』(@IMDb)で使われている作曲家A.R.RAHMANの『chaiyya chaiyya』はいかにもインド風な民族性を感じさせる音楽なのに、マンハッタンのソフィスティケートな印象と上手く噛み合っていた。クレジットの演出も凝っていて泥臭いイメージを感じさせない記憶に残るオープニングだ。
大迫力の映像と音響だったこともあり、映画館で観なかったのが悔やまれるが、DVDには監督のコメンタリーが付いていたので映画館で観た人も楽しめる。コメンタリーを観ないという人も多いらしいが、僕はDVDについているコメンタリーは大好きだ。洋画についているコメンタリーは映画に合わせてスタッフが苦労や工夫した話を語ってくれるので映画を観ているだけではわからないポイントも解説してくれるのが嬉しい(邦画はぜんぜん観ないのでわからない)。より映画を深く観たいなら、コメンタリーを観る事は大切だと思う。コメンタリーは単純に映画だけでなく、スタッフについて知ったりすることにも通ずるので、クリエイターとの距離が近くなるのがいいのかもしれない。洋画のコメンタリーが優れている一方で日本のアニメのコメンタリーの多くは、声優の楽屋トークになってしまっていることが多く、それはそれで楽しいのだが、ああいったことは出来ればwebラジオでやってほしいといつも思ってしまう。作品のDVDを買ったからにはやっぱり作品についてのトークが聞きたい。あんまり作品について深入りしていない声優が多いのも問題だと思うんだけれど、それは声優の仕事量と洋画と比較したギャランディーの点で厳しいく、解決はなかなか難しいのかもしれない。
正直、これを買ったときは一巻を手にした時ほどテンションが高くなくて、大した期待はしていなかったのだけれど読み始めてみればそれなりに楽しかった。ただ一巻のインパクトは大きかったので、同じように楽しめたりはしていない。
面白い要素はだいたい一巻と同じだったけれど、逆に面白く感じなかった問題点はこの2巻が、シリーズの中で重要な位置を占めていなさそうなことだ。兄妹は黒猫と沙織の二人と親睦を深めたり、京介は麻奈美との親愛を確かめて、桐乃は京介に相談を続けている。桐乃のオタク趣味についてまた一問答あるけれど、やっている事は1巻と変わったところが特になく、今回もユートピアンの主張にユートピアンの主張をぶつけて膠着したところを京介がよくわからない議論の壊し方をして桐乃を助ける……。作者の伏見つかささんはプロパガンダ作品だと思われたくないらしい。だが僕は、例えば映画を観て「これはプロパガンダ映画だ!」と喚き散らす人は好きじゃないのだけれど、それと同時に今作のような差別に怯える人物を描写する作品を発表する事は明らかにプロパガンダを含むと思っている。それは悪いことじゃないし、実際に完全に近い中立立場に腰を下ろすことは殆ど不可能だ。この作品もどうしようもない程に反規制(規制=児ポ法)の立場だった。それを話の中に盛り込んでいくのは大変だと思うけれど、どうにも上手く規制ネタを援用して解決まで運べていないように感じてしまう。レーニンやルソーやモンテスキューの思想にある、「法に従うこと」を持ち込んで、誰にでも考えられた結果としてネットで繰り返される論説の闘争から抜け出して欲しかった。目につくありもののテーマを、さらに既存の意見で料理しただけではわざわざ使う意味合いが少なくなる。内輪・時事ネタで攻めるのはあくまでネタ止まりで、それをストーリィの構成要素として大きく持ち込むのははっきり言って伏見さんにはまだ重荷なのかもしれない。ネタの料理は上手く、疾走感を感じるも、走り続ける道自体に疑問を持ってしまったような感じ。
イラストはかんざきひろさんで、僕はとても好きな絵柄だけれど、表紙が1巻とテイストが同じで、正直パッと見てどちらが1巻でどちらが2巻かわからない。こうゆうのはラノベじゃよくある事なのでこの作品について特に言う事ではないのだけれど、折角かんざきさんのような絵柄だけを武器にするのでなく、多様な雰囲気を表現出来るイラストレーターを起用しているのに勿体ない。
少し苦言を呈す事になってしまったけれど、それでも3巻も楽しみ。アキバblogのインタビューの最後に、3巻の事が少し書いてあり、とても気になる。
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- Edward Hallett Carr『危機の二十年』
- 自転車事情
- Transformers
- 伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない 2』
- RAIDトラブル復旧の覚書
- ブログが勝手に別のページへ転送されていた
- 『MARIONETTE~糸使い~』雑感
2008年12月22日月曜日
2008年12月19日金曜日
Edward Hallett Carr『危機の二十年』
原題は『Twenty Years' Crisis, 1919-1939: An Introduction to the Study of International Relations』。読み易い内容で、カーの明瞭な言説は魅力だった。強烈な主張があるわけではないが、政治学というディシプリンに於いてものごとを捉えるのに枢要な考え方の一つを説く。近視眼的にも遠視眼的にもなりやすい政治分野で、力と道義の相互補助という見解を打ち出している。
そこまで読み込んでないので気にしてないけれど、誤訳が多いらしい。細かい部分と補説なんかは国際情勢板から色々と調べるとわかりそうだけれど、現状未だそこまで突っ込む気にはなれないし、余裕もない。
目次はとてもわかりやすく分けられてるので引用してみた。
一九八一年版への序
第二版への序
第一版への序第一部 国際政治学
第一章 新しい学問のはじまり
政治学における目的と分析/ユートピアニズムの果たす役割/リアリズムのあたえる衝撃第二章 ユートピアとリアリティ
自由意志と決定論/理論と実践/知識人と官僚/左派と右派/倫理と政治第二部 国際的危機
第三章 ユートピア的背景
ユートピアニズムの基盤/植え替えられたベンサム主義/理性主義と国際連盟/世論の理想化/ユートピアニズムの強敵/診断の問題第四章 利益の調和
ユートピアンによる合成/自由放任[レッセ・フェール]の楽園/政治におけるダーウィニズム/国際的調和/平和に共通の利益をみる考え方/国際的経済調和/調和の崩壊第五章 リアリストからの批判
リアリズムの基盤/思想の相対性/思想を目的にあわせる/国家的利益と普遍的福利/利益の調和に対するリアリストの批判/国際主義に対するリアリストの批判第六章 リアリズムの限界
第三部 政治・権力・道義
第七章 政治の特質
第八章 国際政治における権力
軍事力/経済的力/意見を支配する力第九章 国際政治における道義
国際道義の特質/国際道義の諸理論/国際道義について普通に考えられていること/個人の道義と国家の道義との差異/国際共同体というものが存在するか/平等の原則/全体の福利と部分の福利第四部 法と変革
第十章 法の基盤
国際法の特質/自然主義者の法の見方/現実主義者の法の見方/政治社会の機能としての法第十一章 条約の不可侵性
条約の法的および道義的妥協性/脅迫下に著名された条約/不公平な条約/力の手段としての条約第十二章 国際紛争の司法的解決
裁判に付しうる紛争と裁判に付しえない紛争/「すべてを仲裁に」の考案/「政治的」紛争に司法的手続きをとる見当違い第十三章 平和的変革
政治的変革における力の役割/政治的変革における道義の役割
結論第十四章 新しい国際秩序への展望
旧い秩序の終わり/国家は力の単位として存続するか/新しい国際秩序における力/新しい国際秩序における道義
訳者あとがき
関連スレ:国際関係を学ぶための読書案内
自転車事情
フォトポタ日記:長尾 藤三『快感自転車塾―速くはなくともカッコよく疲れず楽しく走る法。』で知ったんだけれど、この本が良さそう。自分の自転車を乗る感覚に比較的近い。
緩い自転車乗りの市民権も認めて貰いたい気持ちを持つ中で、その立ち位置に近い本が出てきてくれると、それだけで手に取りたくなる。
*1:ヘルメットを着用すると逆に事故率が上がるとも言われていて、実は僕もそう感じている。ヘルメットと、それからアイウェアも着けると、どうしても視界が狭くなる。
僕は所謂ローディーではなく乗っている自転車もGIANT社のEscapeR3というロード寄りのクロスバイクで、しかもこれはエントリーモデルなのだけれど、都心部の脚としては殆ど不満はない。ロードを将来買うにしても、MASI社STEELのシャムロックグリーンが「カッコイイから」という理由で第一候補に挙っているくらい、純粋な走行性能意外の部分で自転車に魅力を感じている。ネットで見るローディーの意見の殆どは、レース準拠の装備とライディングテクニックが正義で、これは言うなればPCオタが圧倒的性能を求めているようなものだ。ヘルメットしなかったりしたら「かっこわるい」とか言われる(*1)。確かに一歩間違えれば、無関係な他者をも危険に巻き込んでしまうほどの速度で走るロードバイクとロード寄りのクロスバイクだが、敷居があまりにも高すぎる。ジテンシャは自分のペースで走るもの。
速いの,遅いのと,他人と食らえることはないのです。
誰かと競争して「勝った,負けた」は卒業しよう。
勝たないとつまらないなんて貧しい考え方から抜け出そう。
流れる雲は,速いほどエライなんて思わない。
流れの速い川が,ゆったりと流れる川より高級ということもない。
速く走れるなんて,速メシ,速グソ程度のことと考えて,
せかずあわてず,悠々と走りましょう。
(p19)
そう,こんな単純で大切なことに改めて気が付かされる,そんな自転車本なのです。
緩い自転車乗りの市民権も認めて貰いたい気持ちを持つ中で、その立ち位置に近い本が出てきてくれると、それだけで手に取りたくなる。
*1:ヘルメットを着用すると逆に事故率が上がるとも言われていて、実は僕もそう感じている。ヘルメットと、それからアイウェアも着けると、どうしても視界が狭くなる。
2008年12月11日木曜日
Transformers
マイケル・ベイ監督がこの『トランスフォーマー』(@IMDb)の前に撮った『アイランド』(@IMDb)は映像は凄い、けれどそれ以外に見所がない映画だったのだが、これはオープニングからエンディングまでトランスフォーマーが世界最高のCGで動き回って本当にかっこいい上に単純な対立構造が観客からするとわかりやすく平易に楽しめて良かったと思う。米軍の協力を得ているということもあり、映像は『アイランド』よりも格段に素晴らしいものに仕上がっていた。ストーリィは手放しで褒めれる内容じゃなく、突っ込みどころも多かったり無駄もあったりするけれど、それも含んでVFXや演出を楽しめる。
ちなみに僕のお気に入りのカットはスタースクリームの大気圏脱出。Linkin Parkの『What I've Done』という曲とマッチしていてめちゃくちゃカッコいい。音楽と映像の意外なマッチというのは映画で惹かれるポイントの一つ。なさそうな組み合わせというのはそれだけで印象に残る。例えばスパイク・リー監督の『インサイドマン』(@IMDb)で使われている作曲家A.R.RAHMANの『chaiyya chaiyya』はいかにもインド風な民族性を感じさせる音楽なのに、マンハッタンのソフィスティケートな印象と上手く噛み合っていた。クレジットの演出も凝っていて泥臭いイメージを感じさせない記憶に残るオープニングだ。
大迫力の映像と音響だったこともあり、映画館で観なかったのが悔やまれるが、DVDには監督のコメンタリーが付いていたので映画館で観た人も楽しめる。コメンタリーを観ないという人も多いらしいが、僕はDVDについているコメンタリーは大好きだ。洋画についているコメンタリーは映画に合わせてスタッフが苦労や工夫した話を語ってくれるので映画を観ているだけではわからないポイントも解説してくれるのが嬉しい(邦画はぜんぜん観ないのでわからない)。より映画を深く観たいなら、コメンタリーを観る事は大切だと思う。コメンタリーは単純に映画だけでなく、スタッフについて知ったりすることにも通ずるので、クリエイターとの距離が近くなるのがいいのかもしれない。洋画のコメンタリーが優れている一方で日本のアニメのコメンタリーの多くは、声優の楽屋トークになってしまっていることが多く、それはそれで楽しいのだが、ああいったことは出来ればwebラジオでやってほしいといつも思ってしまう。作品のDVDを買ったからにはやっぱり作品についてのトークが聞きたい。あんまり作品について深入りしていない声優が多いのも問題だと思うんだけれど、それは声優の仕事量と洋画と比較したギャランディーの点で厳しいく、解決はなかなか難しいのかもしれない。
2008年12月10日水曜日
伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない 2』
正直、これを買ったときは一巻を手にした時ほどテンションが高くなくて、大した期待はしていなかったのだけれど読み始めてみればそれなりに楽しかった。ただ一巻のインパクトは大きかったので、同じように楽しめたりはしていない。
面白い要素はだいたい一巻と同じだったけれど、逆に面白く感じなかった問題点はこの2巻が、シリーズの中で重要な位置を占めていなさそうなことだ。兄妹は黒猫と沙織の二人と親睦を深めたり、京介は麻奈美との親愛を確かめて、桐乃は京介に相談を続けている。桐乃のオタク趣味についてまた一問答あるけれど、やっている事は1巻と変わったところが特になく、今回もユートピアンの主張にユートピアンの主張をぶつけて膠着したところを京介がよくわからない議論の壊し方をして桐乃を助ける……。作者の伏見つかささんはプロパガンダ作品だと思われたくないらしい。だが僕は、例えば映画を観て「これはプロパガンダ映画だ!」と喚き散らす人は好きじゃないのだけれど、それと同時に今作のような差別に怯える人物を描写する作品を発表する事は明らかにプロパガンダを含むと思っている。それは悪いことじゃないし、実際に完全に近い中立立場に腰を下ろすことは殆ど不可能だ。この作品もどうしようもない程に反規制(規制=児ポ法)の立場だった。それを話の中に盛り込んでいくのは大変だと思うけれど、どうにも上手く規制ネタを援用して解決まで運べていないように感じてしまう。レーニンやルソーやモンテスキューの思想にある、「法に従うこと」を持ち込んで、誰にでも考えられた結果としてネットで繰り返される論説の闘争から抜け出して欲しかった。目につくありもののテーマを、さらに既存の意見で料理しただけではわざわざ使う意味合いが少なくなる。内輪・時事ネタで攻めるのはあくまでネタ止まりで、それをストーリィの構成要素として大きく持ち込むのははっきり言って伏見さんにはまだ重荷なのかもしれない。ネタの料理は上手く、疾走感を感じるも、走り続ける道自体に疑問を持ってしまったような感じ。
イラストはかんざきひろさんで、僕はとても好きな絵柄だけれど、表紙が1巻とテイストが同じで、正直パッと見てどちらが1巻でどちらが2巻かわからない。こうゆうのはラノベじゃよくある事なのでこの作品について特に言う事ではないのだけれど、折角かんざきさんのような絵柄だけを武器にするのでなく、多様な雰囲気を表現出来るイラストレーターを起用しているのに勿体ない。
少し苦言を呈す事になってしまったけれど、それでも3巻も楽しみ。アキバblogのインタビューの最後に、3巻の事が少し書いてあり、とても気になる。
2008年12月9日火曜日
RAIDトラブル復旧の覚書
RAM増設に伴って起こしてしまったちょっとしたRAIDに関するトラブルがあった。私事ではあるけれど、次に似た自体が起こった時は焦らないように記事に残しておこう。マザーボードはASUS M2N-Eで搭載チップセットはNVIDIA nForce 570 Ultra MCP。
RAMを取り付ける為にケースの中をいじった時にケーブルの接触が悪くなってしまったのだが、AWARD BIOSのエラーピープ音が関連しないエラーを検出していたのでそこから勘違いを起こしてCMOSクリアをかけ、BIOS情報を初期化した。これでRAID BIOSが無効になってしまい、OS起動後にRAIDアレイが認識できなくなっていたのだ。ここで焦ったが、調べてみるとRAIDのアレイ情報(=パリティデータ?)はHDDに保存されているのでデータ自体は無事でRAID BIOSで手動でRebuildしなくても復旧できた。
以前の状態に戻した手順はまずBIOS Setup Utility でAdvanced → Serial-ATA Configuration下のRAID EnableをDisable(CMOSクリアでこの初期設定に戻ってしまっていた)からEnableに変更してRAID BIOSを有効にする。続いてRAIDアレイに使用していたSATA2~6もDisableからEnableに変更した後、Save and Exit(F10)でOSを起動させれば、元通りになる。この後はOS上でnVidia MediaShieldが自動的にRebuildする。
物理バックアップも取っていたけれど、完全なバックアップじゃなかったので復旧できてホントに良かった。多分RAIDを組むような人はこんなトラブルじゃ僕のように動じたりはしないんだろうけれど、浅薄な知識で環境を構成してる身としてはRAIDアレイが認識されていないのがわかった瞬間は悪夢のような気さえした。でも実はあんまり懲りてない。どんどん挑戦しないと何もわからないままだし、僕は諦めが悪いのだ。
RAMを取り付ける為にケースの中をいじった時にケーブルの接触が悪くなってしまったのだが、AWARD BIOSのエラーピープ音が関連しないエラーを検出していたのでそこから勘違いを起こしてCMOSクリアをかけ、BIOS情報を初期化した。これでRAID BIOSが無効になってしまい、OS起動後にRAIDアレイが認識できなくなっていたのだ。ここで焦ったが、調べてみるとRAIDのアレイ情報(=パリティデータ?)はHDDに保存されているのでデータ自体は無事でRAID BIOSで手動でRebuildしなくても復旧できた。
以前の状態に戻した手順はまずBIOS Setup Utility でAdvanced → Serial-ATA Configuration下のRAID EnableをDisable(CMOSクリアでこの初期設定に戻ってしまっていた)からEnableに変更してRAID BIOSを有効にする。続いてRAIDアレイに使用していたSATA2~6もDisableからEnableに変更した後、Save and Exit(F10)でOSを起動させれば、元通りになる。この後はOS上でnVidia MediaShieldが自動的にRebuildする。
物理バックアップも取っていたけれど、完全なバックアップじゃなかったので復旧できてホントに良かった。多分RAIDを組むような人はこんなトラブルじゃ僕のように動じたりはしないんだろうけれど、浅薄な知識で環境を構成してる身としてはRAIDアレイが認識されていないのがわかった瞬間は悪夢のような気さえした。でも実はあんまり懲りてない。どんどん挑戦しないと何もわからないままだし、僕は諦めが悪いのだ。
2008年12月1日月曜日
ブログが勝手に別のページへ転送されていた
不用意にブログパーツを貼り付けることの危険性 - TERRAZINEというエントリーにある通り、ザッピングというサービスのスクリプトを貼り付けていた為に4日間程このブログは別のページへ即転送される仕組みになっていたらしい。
久々にエロゲ感想を書いてエントリーをポストする段階で漸くこの状態になっていた事を知った。実はTERAAZIさんの記事はアップされた日に読んだのに気が付かなかったという……
久々にエロゲ感想を書いてエントリーをポストする段階で漸くこの状態になっていた事を知った。実はTERAAZIさんの記事はアップされた日に読んだのに気が付かなかったという……
『MARIONETTE~糸使い~』雑感
このゲームの見所、それはひとえに主人公、御影広樹にあると言っても過言ではない。他の人物の前に、まず彼に焦点を当てて、とにかく格好良く映している。エロゲ主人公にしては珍しく声が付いていて、しかも彼の声をあてているのは緑川光さん(もしかしたら似てるだけなのかもしれいけれど)。クールな声が怜悧な主人公の性格にマッチしてすごく魅力的。さらに主人公はひねくれ者なのだが、声のおかげで嫌味無くユーモアさが感じられるよう演出できている。物語中で彼は、他人から超常の力――糸を奪い取っていくが、大きな力に飲み込まれる事は決してない強い人物。その強さ自体にコンプレックスを抱いて、今までは自分を抑圧していたのだが、戦いの中で高揚を知る熱いスピリットもあってバトルものとして観るととても面白い。
主人公に焦点が当てすぎな分だけ、3人のヒロインや最後に対峙する三上、そして物語の核として存在する糸にも深く触れられないのは残念だった。個別ルートごとのシナリオもとても短くて、あくまでも主人公の格好良さ表現する為に彼女達があったというふうにも思う。短い尺だったけれど、それぞれの魅力を発揮していたキャラクター達だっただけにエッチシーン以外の出番が少なかったのが惜しい気がした。
主人公に焦点が当てすぎな分だけ、3人のヒロインや最後に対峙する三上、そして物語の核として存在する糸にも深く触れられないのは残念だった。個別ルートごとのシナリオもとても短くて、あくまでも主人公の格好良さ表現する為に彼女達があったというふうにも思う。短い尺だったけれど、それぞれの魅力を発揮していたキャラクター達だっただけにエッチシーン以外の出番が少なかったのが惜しい気がした。
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