2008年8月11日月曜日

伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』


「こ、このかわいいイラストが、あたしを狂わせたのよ……」
イラストレーターのせいにすんじゃねえよ。
「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」
エプロンドレスのメイドさんたちが、声を揃えて俺を出迎えた。
俺は見なかったことにして扉を閉めた。
初めて知ったが、ギャルゲーを全クリした直後の虚しさは異常だ。
だめだこれ、どうにもならん。なんだろうな、この、悟りを開いた賢者のような気持ち。


この本の面白さを伝えるのに多くの言葉を綴る必要はなくて、上の引用だけで十分。賞翫するのに余計な考えを挟む必要がない。素晴らしい作品だった。新宿で3件目の書店で漸く見つけて、土砂降りに遭って買ってきた苦労は報われた。ちょっとした誤字(初版では僕が買った物を含めて、他にも様々な種類の印刷ミスがあったらしい。)も何の其のだ。

あくまで包摂された中にある登場人物像、というよりも桐乃だけれど、他のライトノベルに比べてレギュラライズされ尽くされてない点は魅力的だった。仕方ないことだけど、あまりにオタク趣味的な垢に塗れたキャラクターはラノベだと頻繁に目にする。そうしてディシプリンに従って規格品じみた、場数を踏めばある程度馴染むけれど心情的に肩入れ出来るほどの魅力を持たない舞台装置が出来上がってしまう。桐乃は良い意味で作品に馴染みきっていた。構造的にこの作品の中で「桐乃が嗜む作品の登場人物」がレギュラライズされている筈で、桐乃はその枠の外に立つという形になっていた結果、こういった少女が生まれたのだろう。ただ卑近ではあるけれど、ラノベ特有の滑らかさを持たせられていて、サブカルチャーのスピリットはこうした少女に語られるから『げんしけん』で見られる土の味はしない。げんしけんメンバーのほろ苦い生き様も勿論好きだけど、この作品で画かれているアルフレッド・テニスンの芸術の宮のような眩しいオタク像があっても好い。兄の京介も、そして読み手の一人である僕をもそんな気持ちにさせる、考えられる限り美しいプレゼンテーションを行う少女だった。
そういった兄妹の立ち位置を、上手いこと「疎遠」な関係にして京介と読み手と著者も一体化させている点も、桐乃もオタクという面が強調されてはいるが、誰もが持つ相克する両義性の仮面に悶える様も彼女と読み手と著者も一体化させてる。こうした視線の落とし方が綺麗な物語の上に疾走感を与えていた。


余談。
この巻だけでも随分まとまっていたと思うけれど、あとがきで「新シリーズ」と書いてあったので当然、二巻も出るのだろう。巻数を無闇に重ねるラノベは、全体の構造を引き締めるわけでもないイベントで作品を浪費する事がある。バトル小説でない分、その点は少しだけ安心できる。
今後は彼女の持つ両義性を一体化させていくのか、或いは分心を認めるのかで道が別たれる。勿論、確かめずにはいられない。

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